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観念論者のことは同感できる感じでしたが、唯物論者のことは現実面もみて、もう少し考えた方がよいのではと思いました。 何処の誰とは言いませんが、例えば唯物論者の組織の古くから活動をされている方たちの話ですが、 ●給料をつけない休日の出勤命令に従わなかった労働者に対して、通常事業に係わっていない言わばオーナー理事長が報復行為をするために、その労働者の休暇中に無断でパソコンを持ち帰って言いがかり処分を出した。元々、現場を任されていた施設長が実際の業務上の問題で慣例化していたこと、しかも同じようにその施設長の息子もやっていたこと、にも係わらずその労働者にだけ処分を出した。 (また、パソコンを無断で持ち帰る問題についても、「理事長が業務上、自分の事業所のパソコンを家に持ってかえるのに、いちいち労働者の許可などとる必要はいらない。」という様な考え方を示しておきながらも、その後自分が逆に自分の職場において使用者から同じような行為をされたことに対しては抗議姿勢。実際に自分が同じ様なことをされて考え方が変わったのかもしれませんが、その自分のやったあやまちについての謝罪はされていないとのこと。) ●就業規則の日付を騙し強引に不利益変更し、それを使い遡り処分をする。 1、以上の様な行いをする組合執行委員について、経営上の問題だからといって注意をして改めさせようとしない、同じ組織の唯物論者。 2、以上の様な行いをする組合執行委員について、救済を求める労働者に対して、交換条件を持ち出す、同じ組織の唯物論者。 3、以上の様な行いをする組合執行委員について、救済を求める労働者に対して、加入を断られたという以前の私情的出来事を持ち出し、助けない労働組合委員長。 4、以上の様な行いをする組合執行委員について、注意をして改めさせるのではなく、逆に応援のために団体交渉に出る他の執行委員。 5、以上の様な行いをする同じ組織の人について、黙認するひと。
実際に、この様な人たちも存在しているわけです。 ですから、この本で書かれている、人間の心、精神とそして「人間的な共同体」の考え方が私たちと同じで、そして「力こそすべてであり、正義である」というニーチェのような考え方がおかしいという、 MDSさんでも、もう少し考え方や対策などをされた方がいいかと思いました。
仲間や組織以外の人も含めた全ての人にとって良い社会をつくるために、活動されることを応援しています。
唯物論 と 観念論 (34ページ) 新興宗教の信者などによく見られるのですが、「気持ち」の持ちようで世の中が変わる、・・・自己満足的にそう解釈しているだけで・・・・、むしろ、思いこみ、頭のなかだけでの「現実」と「観念」とのそのようなすり替えが続くかぎり、・・・・真剣にとらえられず、結局のところ現実はそのまま放置され、是認され、追認されるだけなのです。 (40ページ) 「少し考えればわかるように、真の唯物論者は観念論者よりは、ずっと人間の「心」や「精神」を「大切に」するものなのです。
唯物論者の幹部たちも観念論者の幹部たちも、どちらも、仲間や組織以外の人も含めた全ての人にとって良い社会をつくるためにやっているのであれば、 これまでの実際の状況をみて、やり方を対策した方がいいと思いました。 一部の体験からではありますが、 反省もさせずに何でもすぐに寛大や慈悲心などといって容認黙認する。その行いによって他の人に被害を与えたりすることを考えていない、社会の事を考えさせない自己だけの満足を教える観念論者。 真の唯物論者は観念論者よりは、ずっと人間の「心」や「精神」を「大切に」するものだと考えるだけで自己責任の様にして、外部の人に注意している間違いを仲間の人がやっていても容認黙認する唯物論者。 |
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