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・ 北海道を回ると、あちこちで“松浦武四郎”と書いた石碑や像を目にする。 「北海道の名付け親」と記されている。 伊勢市へ行く途中で“松浦武四郎記念館”という看板を見かけた。 これは是非訪ねなくてはなるまいと急ハンドルを切った。 受付で住所・氏名を記帳していたら、事務の方が「遠いところをようこそ!」と館長さんを呼びに行かれた。 おかげで、館長さんが直々案内して下されることになった。 松浦武四郎はこの松阪の出身だった。 館長さんのお話では、武四郎の石碑や像は、北海道に50余カ所もあるという。 その後、20分間のビデオを鑑賞。 さて、武四郎は江戸末期から全国はもとより、特に北海道を6周し詳細な地誌を作った探検家である。 (詳細は下記のURLを是非クリック頂きたい。) 北海道の探検家といえば間宮林蔵が有名だが、武四郎は林蔵を遙かに上回る偉業を成し遂げている。 しかし、松前藩によるアイヌ人虐待・搾取について詳細な絵入りの報告書を作成したため、当時、北海道進出を目論んでいた幕府や松前藩から活躍を黙殺されてしまう。 松前藩からは刺客まで放たれたという。 この松前藩や幕府とアイヌ人の関係は、西部開拓時代のアメリカ政府とインデアンの関係を彷彿とさせた。 結果、武四郎のアイヌに関する著作は、明治中期まで日の目を見ることがなかったという。 68才から、奈良大台ヶ原の登山道整備に取り組むなど、生涯を未開の地の探索と開発に尽くした人だった。 武四郎の足跡を知れば知るほど頭が下がる思いになった。 北海道に住みながら、今日まで武四郎の偉業についてほとんど何も知らなかったことを恥ずかしく思った。 函館に戻ったら、早速、市立図書館を訪ねたいものだ。 松浦武四郎に関する資料です。 http://www.city.matsusaka.mie.jp/bunka/shisetsu/take_mu/take_kinenkan.html ・
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