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元々は捕鯨を中心としたひっそりとした漁村であったが、1880年代の終わりに本郷芋島付近で漁夫によって炭塊(石炭)が発見されたことをきっかけに、炭鉱産業の村へと様変わりしていった。石炭が「黒いダイヤ」と呼ばれた採掘の最盛期には、人口は2万5000人余りまで増加し、映画館から病院、商店街が広がる町は活況を呈した。なお最盛期には年間100万トンを出炭していた。
2003年、炭鉱労働者のアパートの廃墟群が映画『バトル・ロワイアルII 鎮魂歌』の撮影で使われたことなどをきっかけとして、島の懐古的雰囲気が静かなブームとなる。
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天草島原の宗教侵略
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大瀬戸町(おおせとちょう)は、1955年から2005年まで、長崎県の西彼杵半島西部にあった町。西彼杵郡に属していたが、2005年4月1日に西海町・西彼町・大島町・崎戸町と合併し西海市となった。旧大瀬戸町役場に市役所本館・市議会が設置されている。市制施行後の「西海市大瀬戸町」についても併せて述べる。
角力灘・五島灘(東シナ海)に面する西彼杵半島西部の丘陵地、および松島をはじめとする角力灘に浮かぶ島々が町域である。町制施行時は半島中央の飯盛山を境に西彼町・琴海町と接し、北は西海町、南は外海町に隣接していた(外海町は2005年1月4日、琴海町は2006年1月4日に長崎市へ編入)。
町の東部には標高531mの飯盛山があり、照葉樹林やスギ・ヒノキ林に覆われた標高100-200mほどの丘陵地が海岸まで迫る。おもな河川は南部の雪浦川と北部の多以良川があり、それぞれ流域に細長い平野部がある。町の中央部である瀬戸地区は、半島部となった福島地区と松島によって波が遮られ、古くから港として利用されている。瀬戸港の目前には面積6.39km2の有人島・松島があり、周囲に小さな無人島が点在する。
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