多幸の湯番台日記PART

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「東海白寿観音霊場」巡礼写真集「第22番大宝院」(愛知県江南市)

撮影日時:平成21年3月20日 場所:愛知県江南市松竹町八幡153 記事:東海白寿三十三観音霊場第22番札所:如意山 大宝院(にょいざん だいほういん)。 この日は3ヶ寺の参拝を予定していた。23番昌福寺・21番金剛寺の参拝を終え残るお寺は岩倉市の隣になる江南市に在る22番札所の大宝院である。この寺はかつては隣接している「七所社」の別当寺であった様だ。現在は高野山南院から浪切不動明王の御分身を迎え、真言密教による加持祈祷を行っている。本堂に上げて頂きその不動明王の前で読経をさせて頂く。(写真の上でクリックして下さい、拡大されます)

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‖臺院の入口。「如意山大宝院」の銘が入っている石柱と看板。

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大宝院の堂宇。本堂と弘法堂など。

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K榮押ご本尊は浪切不動明王。

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に榮欧瞭眇悄

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ス伊‘押

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弘法堂の横に安置されていたボケ封じ白寿観音像(左)。右は境内にある三宝松、別名三鈷の松と呼ばれる霊木との事。(合成写真)

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大宝院と隣り合わせに在る「七所社」と呼ばれる神社の写真4枚。結構立派な構えであった。‘始から直接見えない様に石造の塀が前を塞ぐ。∪佇修慮紊蹐亮辧◆崋圭蠎辧廚隣┳曚掛かっている。K榲造離▲奪彈命拭に榲造料慣福(合成写真)

大宝院:真言宗醍醐派。本尊:不動明王。源経基の孫、松が枝麿が平安時代末期に社を造り祭祀するを開山と寺伝される。その後16世紀中頃、宝教が中興し、本尊不動明王、役の行者神変大菩薩を祀り修験の道を行じ又、代々宮守り(今の神宮職)をも務め、両部神道の寺として信仰されていた。 明治時代の神仏分離令からは宮守りを離れ、真言密教による加持祈祷を行い本尊御徳高い。(東海白寿観音三十三ヶ所霊場納経帳説明文より引用)

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加持祈祷は本堂ですね。修験者の鍛錬などもおこなわれるのでしょうか。
弘法大師や役の行者などいろいろな人が奉られているんですね。

2009/3/29(日) 午後 6:18 3355 返信する

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3355さん>加持祈祷は本堂で行われます。行場ではありませんので修験者の鍛錬は行われず、加持祈祷のみが執り行われているようですよ。

2009/3/30(月) 午後 1:39 lingmu9216 返信する

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