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こんばんは。
本日は2016年9月30日。
19年前の今日は、信越本線の横川〜軽井沢間(通称 横軽)の最終運転日でした。
〜碓氷峠の歴史〜--------------------------------------------------------------------
群馬と長野の県境に位置する碓氷峠。1893年に初めて鉄道が開業しました。
当初は、歯車を装備した機関車を列車に4両(横川側3両・長野側1両)連結して、ラックレール(歯車の付いたレール)を走っていました(アプト式鉄道)。
しかし、この方式ではスピードが出ませんでした。
同区間のスピードアップを図った国鉄は、1963年、非常に強力な電気機関車、EF63を使用した粘着運転方式に切り替えました。EF63は横川側に2両を連結していました(客車等には長野側にEF62が1両連結されました)。
そして、1997年、長野オリンピックの開催を前に、長野新幹線(北陸新幹線)が開業。
並行在来線となる、信越本線の横川〜軽井沢は廃止、バス輸送となりました。
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横川駅構内にあった横川運転区(旧横川運転区)は、現在は"碓氷峠鉄道文化むら"に。
文化むらでは、EF63が保存されており、内4両が動態保存で、体験運転も可能。
架線電圧は750Vに降圧されていますが、今でも独特のブロワー音を聴くことが出来ます。
先日(9月10日)の横川駅。多くの特急列車で賑わっていたであろうホームも、今は1時間に1〜2本程度の普通電車が発着するのみ。もちろん峠を越える事はありません。
横軽廃止後も峠の釜飯は健在。この日も多くのお客さんが釜飯を購入していました。
ホームから軽井沢方面を撮影。屋根から下がった看板には"バス"の文字。
かつて、先に繋がっていた線路も、コンクリート製の車止めで分断されている。
同じく軽井沢方面を撮影。一度は列車で峠を越えてみたかった。
自分は、特急あさまも、現役のEF63も見た事はありませんが、鉄道遺産として、この横軽に強い魅力を感じています。
いよいよ、来年は同線廃止から20年の節目になります。
当時、峠を越えていた189系も24両(6両×4編成)が残るのみとなり、寂しい限りですが、これも時代の流れですね・・・。
最後になりましたが、当ブログをご覧の皆様も、是非、横川を訪れてみて下さい。
現役時代を知る方も知らない方も、きっと新しい発見があるはずです!。
では。
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こんにちは。はじめまして。さいたま市のJNR183系と申します。昨日(9月30日)は、埼京線の開業日でもありますが、最後の1年4か月を碓氷峠に通った人間として、特別な思い入れがあります。新幹線が開業しても、長野オリンピックまではアクセスとして残すものと思っていました。しかし、現場の保線のかたに聞いたら、維持費がハンパではないことを知ってビックリでした。鉄道ファンの期待とは裏腹に、皮肉なものでした。機会があれば、ぜひ一緒に行きたいですね。
[ JNR183系 ]
2016/10/1(土) 午後 1:01
JNR183系さん、コメントありがとうございます。
変電所の整備や併合分割にかかる人件費など、少し考えただけでも、維持が大変なことが想像できますね・・・。新幹線ができてから、所要時間も短縮され、首都圏から軽井沢や長野へのアクセスは格段に良くなりました。ですが、鉄道ファンとしては、のんびりと在来線で峠越えをしてみたかったです。
[ 快速マリンドリーム ]
2016/10/1(土) 午後 11:55