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「誰かがやらなくてはいけないこと」
という記事を書きました。
その記事のあとにこの記事を書くのは少し勇気が要ります。
地震で生じた瓦礫の処理は誰かがやらなければいけないことです。
ですから、前の記事の原則からすれば、誰もがやらなければいけないことです。
当然、私もやらなければいけないことです。
けれど、私には震災による瓦礫を「絆」というひどく安っぽくなってしまった言葉の元に
無差別に受け入れることはできません。
議論を整理するために、地震によって生じた瓦礫を大雑把に分けて
津波瓦礫と
放射性瓦礫に分けようと思います。
もっと言えば、放射性瓦礫とそれ以外の瓦礫に分けたらスッキリしますね、
どのレベルからが放射性瓦礫かそれ以外の瓦礫かといえば、
基準は自分の家の庭に置いても良いって思えるレベルの瓦礫を、「それ以外の瓦礫」
そう思えない瓦礫を「放射性瓦礫」とこの記事では定義します。
法律を作るのは、国家議員ですから、
国会議員の自宅に置ける瓦礫が「それ以外の瓦礫」です。
もちろん、私自身の家にも置けると思える瓦礫のことです。
正直に言います。現状では、私は自宅の庭に震災瓦礫を受け入れることはできません。
「非国民!」とののしられてもかまいません。
けれど、そういって良いのは、自宅の庭に震災瓦礫を受け入れた人に限ります。
自宅の庭に受け入れ可能な瓦礫は受け入れます。
それでも、どうしても受け入れられなかった放射性瓦礫は、本当に申し訳ありませんが、
「福島原発の周辺に処理施設を作って処理する。」
本当にすみません。
これを言うのは本当に心苦しいです。
「故郷を捨てろ」という言葉とほとんど同じですから、
私だって故郷を捨てたくないですから、
いつの日か故郷に帰れるように協力します。
他の地域で暮らせるように協力します。
一緒に毒を飲むことが私の絆ではなく、
一緒に生きていくことが私の絆です。
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