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橋下大阪市長発の
小中学校においての留年措置について
私は、小中学校における留年措置は教育サービスの向上と認識します。
留年の結果、学費を多く払わなければいけない、高校大学とは違うのです。
自己負担なしで、他人より多くの教育サービスを享受できるのです。
できない子に対しての罰則ではなく、できない子のための優遇措置なのです。
勉強せずに学校を卒業することが良いことだと考えている人ならまだしも、
少しでも多くのことを学んで社会に出たいと考える人は歓迎して良い話だと私は考えます。
昨年の選挙で私は
小中学校までは補習無料
希望する人には(年齢関係なく)
中学校までの学習内容は理解するまで行政が責任をもって教えます。
と掲げて選挙に出ました。
教育に機会の平等ではなく、結果の平等を保障しようという考えからです。
当選しませんでしたが、
私は橋下大阪市長ほどに愛情が無いので、強制的に留年させることは考えません。
勉強せずに学校を卒業したい人は勉強しないまま、どんどん卒業してもらってかまいません。
(私はそういう子供、親に憎まれながら無理やり勉強させるほどに愛情深くはないのです。)
勉強したくない人にお金と労力かけるのばかばかしい。
コストをかけないことで、満足度が高まるのであれば、行政としてはありがたいかぎりなのです。
効率化や数値化、競争で批判される橋下市長が珍しく、その逆のを目指しているのです。
勉強したくない子供を無理やり勉強させようとすることに
いじめや学級崩壊やモンスターペアレントなどの公教育の問題の原因が少なからずあると思っています。
勉強したいと思わせることも教育ですが、
そう思わない人にまで学校が無理やりそう思わせる必要は無いと考えます。
(親には、そう思わせる責任がありますが、)
勉強したい気持ちのないままに、学校に行く方が間違っている。
多くの税金を使って学校を運営しているのです。
それを受けたくないという人にお金を使うよりは、もっと勉強したいという人にお金を使うべきです。
意欲があればあるほどに社会が自分に対して資本を投下してくれるのですから、
そうすることが、勉強に対する意欲を育てるのだと考えます。
けれど約束します。
「勉強したい。」という意欲を持った人は、必ず(必ずです。)受け入れます。
何才だろうと、お金があろうと、無かろうと、ヤクザだろうと、犯罪者だろうと
それが公の役割だと私は考えるのです。
60才、70才の人が学びたいと強く思い、10才に満たない子供と机を並べる。
ヤンキーやヤクザやチンピラや、日本で働こうとする外国人や、元プロ野球選手や、
いろんな人が一緒に学ぶ。
良い社会じゃないですか、本気でそう思います。
現状でも、親が希望さえすれば、留年は可能なのです。
「うちの子は2年生に達していないから留年させて下さい。」って親が言えばそれで済むのです。
(それを校長が拒否すれば問題ですが、)
私が親なら、そう言います。
留年するよりも、勉強できないままに卒業してしまう方が、かわいそうだと私は考えます。
問題は、「勉強しないまま、知識を身につけないまま学校を卒業することに価値がある」
と少なくない人が考えてしまっていることです。
そういう人が一定数を超えてしまうと社会は維持できなってしまいます。
子供のために、社会のために、
恨まれようとも、憎まれようとも、勉強させようとする学校の先生を尊敬します。
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