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2011/9/30(金) 午前 0:10
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ここで話を戻しまして…
先ほどの「ゲームは1日30分に制限」の場合も同様に、
それを仮に守らなかった場合、何が起きるだろうか?誰が害を被るだろうか?
と考えた時、守らなかったら自分が困る以外に
明確な被害者が存在しない場合は、
それはその「社会(この場合、家族)」から何らかの制裁を伴う
「ルール」として定めるのは不適切であって
せいぜい「努力義務」程度にしておくべきで、その「ルール」に守られていない「自由」の中で
自分自身で何か工夫をして改善するのが、
「ゲームは1日30分に制限」する方法として適していると
私ならば考えます。
(工夫の例として、余った制限時間は3時間までストックできる、
制限時間を超えた場合は、その分をマイナスのストックとして、±0以上になるまで
ゲームはできるだけ我慢する、など…
自分専用の、ちょっとした別のご褒美的な「ルールのようなもの」を作ってみる、など。)
-- 続く
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2011/9/30(金) 午前 0:08
-- 続き
従って、
例えばごく一般的な学校に於いて
「頭髪・服装検査」や「所持品検査」を行う「ルール」があった場合、
その規則を守らないことで
・一体誰が、どのような害を被るだろうか?
と考えた時、こういった「ルール」には
自らを律する意味はあるかもしれないと思う一方で、
仮に守らなかったとしても自分が困るだけならば、
それは法律や規則に縛られない「自由」の中で自らが努力してください、
という「努力義務」程度に定めるのが限度と考えられるし、
(刃物などによる殺傷がどうしても後を絶たない等、特殊な場合は勿論別ですが…
少なくともその検査内容を罰則規定つきで「ルール」として定めるには、
それを守らないことで明らかな害を被る「他者」が
存在しないという点から、疑問符がつくと私は考えます。)
-- 続く
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2011/9/30(金) 午前 0:07
-- 続き
簡単に言ってしまえば、
ある1人を最大限に守ろうとすると周囲の他の誰かが
何らかの害を被る場合があるだろうし、
逆に他の誰かを最大限に守ろうとすると
自分自身が何かしら害を被る場合がある、といった事が普通は起こり得るだろうけども
その場合に、
そこに集う人間同士全員が最大限に守られるようにする為には
どうすれば良いだろうか?
と考えた時、「規則」というものに普遍的な価値が見出せる、と
私は考えました。
(横領、窃盗、殺人、交通違反といったものから著作権云々や通信の秘密に至るまで、
少なくとも民主主義的な社会に於いては
この理屈でほぼ例外なく納得ができる)
逆にこの理屈(=「規則」とは、その「社会」に集う人間同士全員が
最大限に守られるようにする、という目的で存在する)
を前提に「規則」を見れば、その規則がこの理屈から外れていたなら
その規則は改めなければならない可能性があると
言えるはず、という事です。
-- 続く
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2011/9/30(金) 午前 0:06
私の場合、しばらく考えてからやっと
ケンタさんの考え方も一理あると気付きました。
確かに自分自身を守る為という意味合いも
十分にあると思います。
私の場合どう考えたかといいますと…
法律や規則といったものが存在するところには、
元を辿れば必ず、それによって守られる人間
(法人などの組織や何らかの権力ではなく、生身の人間)
が存在するという性質から考えがスタートしました。
つまり人間同士がある程度集まり、且つお互いに何らかの影響を与え合う関係がある場合(=社会)に於いて
何らかの規則が
その「社会」の単位で存在するという性質から、
自分以外の他者との係わり合いに於いて
「規則(ルール)」が必要とされる理由、メリットがあると考えました。
-- 続く
[ ケンタ ]
2011/9/29(木) 午後 5:27
[ ケンタ ]
2011/9/29(木) 午後 5:22
失業者がなくならない限りは、社会の成長はありえない。
マニフェスト
[ ケンタ ]
2011/9/29(木) 午後 5:20
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2011/9/28(水) 午前 3:16
わぉ…
実は私も似たようなこと(というか似たような観点?)を
考えたことがありました (^^;
どういう事かと言うと、
ケンタさんが書かれているのとほぼ同様の視点で、
社会、特に民主主義社会に於いて「規則(法律)」とは
どのような意味を持つべきかという…
つまり法律の根本的な存在意義のようなものについて、
自分なりに考えてみたことがあったのですが…
(長くなりそうなので端折って書きますけど、
例えば…広い意味での「決まり」は
他者の利益を守る一方で、無害な人間を犠牲にし
独裁主義的な事態を引き起こす場合もあるが
その境界となる基準はどのように定義できるだろうか…といった感じで。)
今ここで同じような観点に触れて
思わずコメントしてしまいました(^^;





