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「なぜ勉強をするのか?」と問われたときに、
私は「その答えは、あなた自身で見つけてください。」と答えます。
あなたが、「なぜ勉強をするのか?」ということを考えるときは、
きっと、勉強がつまらないとき、勉強が辛いとき、そんなときだと思います。
そんなときの「なぜ勉強をするのか?」という問いへの、私の答えは、
「そんなことを考えずに勉強しなさい。」です。
勉強をすることが損か得かを考えながら勉強したら、勉強がつまらなくなります。
だから理由を考えず、テストの点数を気にせず、ただ勉強をする。
知らないことを知ること、知らないこととを知ろうとすることは本来、楽しいことです。
もしも、テレビゲームの成績で入りたい高校や大学が決まるとしたら、
きっと、テレビゲームもつまらないものになってしまう気がします。
なにかの役に立てようとしないから楽しいのです。
体を動かすことや本を読むこと、なんだって同じです。
損か得かなんて忘れて、熱中した結果、いつか、どこかで、なにかの役に立つのであって、
役に立てようと思ってやっても楽しくないし、残念ながら、あまり役にも立ちません。
良い高校に入るために、良い大学に入るために、良い会社に入るために、
我慢をして、見返りを求めて勉強をしても、辛く、つまらないのは当然です。
では、「なぜ、あなたは勉強を教えるのですか?」
「勉強はなんの役にも立たないのか?」と問われれば、
「勉強は役に立つ。」と私は答えます。
まず、勉強することで、人にだまされなくなります。
(例えば、良い学校に入って、良い会社に入るために勉強をしなさい、というような嘘に)
世の中には悪い人よりも、良い人の方が多くいます。
そして多くの人は、人が喜んでくれることで自分も喜びを感じます。
けれど、人をだまして利益を得ようとする人がいることも事実です。
そして、誰もが自分の中に、その両方を持っています。
世の中には、困っている人がたくさんいます。
困っている人がいることを知るためには、勉強が必要です。
そして、困っている人を助ける方法を知るためには、もっと勉強が必要です。
そして、困っている人を実際に助けるためには、もっともっと勉強が必要です。
世の中は教科書に書いてあることだけでは解決できない問題ばかりです。
社会の問題を解決できる教科書はないのです。
大人になれば、教科書に頼らず、自分で問題を見つけ、
そして答えも自分で見つけなくてはならないのです。
それは必ず答えのある、学校の勉強とくらべると、はるかに難しいことです。
だから、「学校の勉強は何の役にも立たない。」ではなくて、
だからこそ、学校の教科書を使って、考える方法を勉強するのです。
一万円札の福沢諭吉は
お風呂を沸かすこと、ご飯を炊くことも勉強だ、と言っています。
だから、家のお手伝いもして下さい。
そこから学ぶものが必ずあります。
いっぱい遊ぶこと、好きなことに熱中すること、人を好きになること、
そして時々ダラダラすることも、大切な勉強です。
学校を卒業して、大人になってからが、勉強の本番です。
仕事をすることは困っている人を助ける、勉強を活かす実践です。
困っている人を助け、その対価としてはじめてお金がもらえます。
お父さんやお母さんは、困っている人を助けながらお金をもらって、
あなたを育てているのです。本当にすごいことです。
だから、お父さんやお母さんを、もっと尊敬してください。
あなたが勉強することで、困っている人が少しでも助かって、
あなたが勉強することで、世の中が少しずつ良くなっていくとしたら、わくわくしませんか?
私は、あなたに、そうやって、わくわくしながら、勉強をしてほしいのです。
そう思って私は、あなたに勉強を教えています。
そう思って勉強を教えているときの私は、すごくわくわくしているのです。
多分、私が勉強を教える理由はそこにあると思います。
だから、私は一緒に勉強してくれるあなたに感謝しています。
学力とはテストの点数ではありません。
学ぼうとする力のことです。学ぼうとする意欲のことです。
「わからないことを知りたい、教えてほしい。」という気持ちです。
今の成績はまったく関係ありません。
その気持ちさえあれば、絶対にわかるようになります。
その気持ちさえあれば、他に何も必要ありません。
わくわくしながら、一緒に勉強しませんか?
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2011年12月01日
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