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昨日、私の地元で選挙がありました。
自分が出た選挙を思い出していました。
私が始めて選挙に出たのは、26才のときでした。
10年近く前のことになるのですね、
そのときは493票
次の選挙は564票
その次の選挙は949票(ここは市町村の合併で有権者数も倍になっています。)
「出れば誰でもとれる票」だと思ったままを私に言う人もいます。
悔しいけれど、それは間違っていないと思います。
私は、落選という結果を決して喜んではいませんし、
どうしたらもう少し、私の考えが理解されるのだろう?と日々考えていますが、
それでも、選挙に出たことを間違いだと、しなければよかったと後悔したことはありません。
(支持してくださった方、投票してくださった方の中には不快に思う人がいるかもしれませんが、)
落選したけれど、選挙に出て良かったと
(少しの?強がりはあるかもしれませんが)本心から思っています。
だって、それでも約5%の支持を得ているのです。
ニッチとしては十分な過分な支持をいただいています。
無所属で、支持母体もない、
自分や支持してくれる人を最後にまわしますと公言する男に
こんなにも多くの人支持があることを誇らしく(私の住む地域の住民がですよ)思っているのです。
キレイ事を言います。
キレイ事ってバカにする奴がいるけれど、
政治や政治家の役割はキレイ事じゃない世の中を少しでもキレイ事にしていく仕事なんだ。
道理を通すために政治家がいるんだ。
自分や近い人のために無理を通すのが政治家の仕事じゃないのです。
オリンピックじゃないけれど、
「選挙は出ることに意味がある。」
間違いない。
誰かが、誰かの意見を代表し
例えそれが自分ひとりだけの意見だったとしても、
その意見を公にできる社会は正しい社会です。
私は少なくとも現状がそうであることを幸運に思う。心からそう思う。
そういう社会を私は守っていきたいのです。
選挙に受かるか落ちるか、それは大事なことだ。
けれど、その受かるか落ちるかを超えて、
誰もが、選挙に出れ、そして自分の考えを述べられることには間違いなく価値がある。
自分の考えを勇気を持って社会に問う。
その勇気と行動を評価する人が必ずいます。
それがきっと
「出れば誰でもとれる票」
なのだと思います。
選挙に受かった人も、残念ながら落ちてしまった人も、お疲れ様でした。
そしてありがとうございます。
あなたのおかげでこの社会は守られています。
本当に感謝しています。
ありがとうございます。
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2012年09月24日
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