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「○○ちゃんはピアノを習っているからピアノが弾ける。」
「○○ちゃんはスイミングにかよっているから泳げる。」
「○○ちゃんは英会話教室に行っているから英語が話せる。」
「○○ちゃんは塾にかよっているから勉強ができる。」
という会話はよくあるかもしれません。
これがもし、
「○○ちゃんはピアノを習ってないからピアノが弾けない。」
「○○ちゃんはスイミングにかよってないから泳げない。」
「○○ちゃんは英会話教室に行ってないから英語が話せない。」
だったら、困る。
さらに言えば、
「○○ちゃんは塾にかよってないから勉強がでない。」
というような社会になってきている。
塾の教室で勉強を教えながら、私はそのように感じることが多くあります。
プロの音楽家になるのではなくとも、なんらかの楽器を演奏でき、自分を表現できる。
オリンピックの選手になるのではなくとも、自力で泳げて、自分の命を守れる。
日常会話程度の英語力、読み書きそろばん、といった基礎の基礎の学力は
有料の習い事や学習塾に頼らずに身に付けられる社会であって欲しい。
今、私の一番の不安は、経営がうまくいかなくなったり、
大きな怪我や病気で働けなくなったり、死んでしまって経済的に困窮してしまったときに、
我が子が経済的に自立できるための教育が受けれなくなることです。
贅沢な願いなのかもしれないけれど、
子供の経済的な自立に必要な教育は
親の経済力に関係なく、義務教育で身につけられる社会であって欲しい。
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2015年04月17日
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