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「民主主義=多数決」
政権与党にとって(実は野党にとっても)都合の良い、この刷り込みは非常に成功している。

小学校から学級会を開いて、多数決。
本来、民主主義は全員一致のはずなのに、
どうも多数決が最も民主的だと思っている人が多い。
見事な教育、刷り込み、洗脳。

百歩譲って、国民が「多数決が民主主義だ。」とか言うのは許しても、
議員が同じ言葉を使うのだとすれば、議員を辞めてもらいたい。
だったらあなたの仕事いらないでしょ?

さっきテレビで安倍首相が「多数決で、民主的に決まって良かった。」ってのを聞いた。
多分、復党問題のことでだと思うんだけど、
これこそ失言、これに比べたら「生む機械」なんか全然可愛い。
(失言と気付けない感覚、野党の議員、マスコミが痛い。これで責任野党と社会の木鐸だから)

民主主義が多数決ならば、議員を選ぶ選挙はいらない。
政党が法案を国民に提示して、国民に問う。
その時点で法案成立。
粛々と行政を行う。
問題があったら国民(政党になると思うけれど)が発議、投票、このくり返し、
現代ならネットで投票すればコストもかからない。

野党の審議拒否とかの妨害もないし、
郵政で投票したにも関わらず、成立した後はいつの間にか憲法改正とか
そんな訳の分からんこともない。
こんなに簡単で、スピードのある政治が実現されたらある意味、理想だ。

けれど、私たちはそれを選択していない。
私たちの先祖、先輩はそれを選択しなかった。
その危険性を知っていたからだ。

多数決の危険性を、
多数決が「最大多数の最大幸福」を実現しないことを知っていたからだ。
オレはそんな先輩の英知に敬意を払いたい。

議論をしない、機能しない議会が民主主義を殺す。
言葉を殺した議員が民主主義を殺す。

「民主主義=全員一致」
「妥協こそが政治だ。」(この言葉はここで使うのが正しい)

「おめでとう」って言葉や、
お祝いをすることは、第三者が祝ってくれることであって
当事者である、新潟市(行政)や私たち市民が使う言葉ではない。
百歩譲って、自分たちの労をねぎらってお互いに「お疲れ様」とか
誰も祝ってくれないなら、「自分自身にご褒美」ってことがあっても、
そんなのは、自分の内面の問題だし、例え、人に言う時でも、少し自嘲気味に言うものだ。
それを恥ずかしくもなく、のぼりを立て、ポスターを作り、自ら祝賀イベントを企画する。
「おめでたい」のはそんなことを考えるあなたの頭の中だ。と言ったら言い過ぎだろうか?
オレはそんな恥ずかしい新潟市民です。
ここまでマクラ、

「コンパクトシティは地域社会を疲弊させ、福祉を低下させかねない。」

オレも歩いける範囲で生活ができるようにするってのを公約にしてた。
今日の新聞読んでて、同じ、歩いける範囲で生活するって注目のコンパクトシティってのは
同じ言葉でも、イメージするところが違うみたいだ。

新潟市の中心部は、この前ダイエーの跡地にラブラ万代とか、ジュンク堂とか、マンションが新規でいっぱいできたり、活気がある。
本当に政令市で大都市の仲間入りみたいな感じになっている。
けれど、同じ新潟市の中にはオレが住んでる巻なんかは対照的に寂れてきている。
山の方とか、海の方とか、巻の中心地だったとことかは本当に年寄りしかいない。
それは巻だけじゃなくて、合併したほとんどの地域が同じ状況ではないだろうか?

同じ自治体の中に一方で大都市、一方で過疎地域が点在する。新潟は現在そんな市です。

最近、よく使われる言葉、「選択と集中」
これがコンパクトシティを支える考えだ。
中心地に人と資本を集中させて、効率的な行政を行う。
確かに、限られた予算の中で住民により良いサービスを提供することそれが行政の使命だ。
コンパクトシティで中心地に年寄りを集める。
病院を作り、施設を、都市機能を集中させる。
けれど、中心地に引っ越せる人は良い。
多少無理をしてでも引っ越せるお金がある人は良いけれど、
今住んでいる地域から離れられない人はどうするの?
そもそも「効率的な行政」ってなんだ?
「効率で量れないから行政が福祉を行わなければいけないんじゃないの?」



これだけ、年金や、介護に不安な社会では都市に人が集まってしまうのは必然なんだ。
それは行政がコンパクトシティを目指すからではなくて、
まさにその行政に不信を抱いているから、
民間の資本が集まる都市を住民が選択しているに過ぎない。
勘違いすんなよ!

もしも、地域から経済的に多少余裕のある人から中心地へ移住していったとする。
それは地域の更なる過疎化、弱体化、疲弊につながる。
福祉って言うのは、見えないけれど、数字には表れないけれど、
大きな部分で地域の結びつきで支えられている。
そんなことをこの前の公募委員の面接で話した。
http://blogs.yahoo.co.jp/kentaroushouten/46346512.html
(昨日、不採用の通知が来た。それに引っ張られてちょっと行政不信モードですが、)
畑で仕事をしてる近所のばあちゃんに声をかけることが、見守ることが、地域の福祉を支えている。
一緒にお茶を飲むことが、道でおしゃべりすることが、天気が良い日に散歩をすることが、地域の福祉を支えているんだ。
そんな地域で子供が育つことが、何よりの教育で、
元気な子供を見ることが年寄りの活力につながる。
そこから人を都市へ奪おうとすることは決して福祉の充実にはつながらない。
それは中越地震が証明している。

過疎地域ほど地域の結びつきを重視して、元の地域に帰る嗜好が強かった。
移転する時も同じ地域の人で移転したいって言ってた。
地域が福祉を支えていることを実感として理解しているからだろう。

行政の役割は民間のサービスからもれてしまう、非効率な人(失言?)を支えることだ。
民間と一緒になって選択と集中を行うこととは正反対のことが行政の役割なんだ。
なんでそんな普通のことが分からないのか?伝わらないのか?
オレには不思議だ。

コンパクトシティは行政の責任放棄だ。
その責任放棄を誤魔化す言葉がコンパクトシティだ。
本当におめでたい。

昨日のこと、つづき
http://blogs.yahoo.co.jp/kentaroushouten/46731781.html

オレは両親に感謝している。

例え、多くの人がオレと違ったことを正しいと言ったとしても、
勇気を持って、自分が正しいと思うことを、正しいと言えること、
そのように育ててくれたことを、本当に感謝している。

独立心をもって生きること、
高校を卒業したら、自分で生活する。
勉強したいなら、奨学金だってあるし、学費は親に頼らず、自力でなんとかしていく。
そのように育ててくれたことを感謝している。
炊事や洗濯、その他、家事全般をできるように育ててくれたことを感謝している。

会社を辞めて、給料が少なくなっても、
なんとか工夫して、やりくりして、
その中でも楽しみを充実感を得られるように
楽しんで生活できる逞しさを身につけてくれたことを感謝している。

オレは、今の自分が嫌いじゃない。
給料安くても、
好きな女に振られても、
時々、つまづいて、不安になるけれど、
今の自分が嫌いじゃない。他の自分を想像できない。


けれど、そのように育ててくれた両親が、
不正が嫌って社長に言って会社をクビになった時、オレのガマンが足りないって言った時、
世の中なんかおかしいな?って思って選挙に出ると言ったオレに反対した時、
この前、勉強の資金を援助するから学校に行けって言った時、
悲しかった。
オレはあなたたちの望む大人になっていたつもりだった。
それを否定された気がした。
頑張って、大好きなあなたたちの望む大人になりたかった。
それを、大好きな、一番のオレの応援団に否定された気がした。
裏切られた気持ちだった。

両親だって、所詮は他人だって割り切って考えたいけれど、
それってなかなか難しい。
憎たらしいとも思うし、すごく愛しくも思う。

甘ったれているのは分かっているけれど、
オレはあなたたちが望めば、もっと高く飛べる気がするんだ。

オレは両親に本当に感謝している。
オレが時々自分と世間とを比べてしまって不安になってしまっても、
あなたたちだけには「大丈夫だよ」って言ってもらいたいんだ。
いつものように、甘ったれたことを言っちゃてますね、

選挙運動について

私は自分の選挙しかしたことがない。
人の選挙を手伝ったことも応援したこともない。

もちろんカオリさんが支援する候補者とも違うし、
カオリさんの選挙区のことも知らない。

だから、私の(過去2回の落選した)経験を記すことしか出来ません。

選挙には得票数というカタチで明確な結果が出ます。
けれど、票には投票者の氏名が書かれてはいないので、
どの選挙運動が、行動が票に結びついたのか?
どの公約で票を何票増やして、どの公約で何票減らした?
どの運動が成功して、票に結びついたのか?等々はあくまでも推測でしか計れません。
ですから、当選回数や、選挙経験が豊富な政党の選挙も
初めての選挙や無所属であるとかないとかは程度の差はあれ、
どの選挙も誰の選挙も、運動の効果が明確に分からないという点では同じではないか?
どの選挙も、誰の選挙も毎回手探りってのは同じ、
というのが私の考えです。

投票日は決まっています。
限られた時間の中に最大の能力をつぎ込む。
しかし、効果が目に見えないために、
「これで十分、これ以上ない、やりきった。」
って心境になることは不可能なのではないでしょうか?

さっきも書いたように私は自分の選挙しかしたことがない。
支援者の気持ちは想像でしか話せません。
ここから書くことは、私を支援してくれた人(主に母)のことを想像して書くことです。

ちょっと話すと、4年前の選挙では両親をはじめ家族は反対でしたので、
当然選挙も手伝ってもらえませんでした。
(けれど多分、オレの知らないところで応援してくれてたであろうことはオレにも分かります。)
そんな母が前回の選挙は先頭に立って手伝ってくれました。ありがたかった。

オレを当選させたいと、オレと同じようにそれ以上に思う母は
自分の能力以上のものを選挙に注ぎたいって思ったと思う。
で、選挙においては候補者(オレ)は代りがないパーツ(失言か?)
けれど、私(母)には代りがいる。
だから倒れたってかまわない、倒れるまで限界までやろうって、(そんな人なんです。)
そんな気持ちだったんじゃなんじゃないのかな?
オレには「ゆっくり休め、体に気をつけろ、」って自分のことをほっといて言ってました。
オレはそんな母に、「アンタが先に休んでくれ」って言ったかな?

選挙ってある意味、魔物だと思う。
日常と価値観が変わるし、人も変えてしまう。限界までやっちゃうし、
それに、キリがない。
突き詰めると、体壊したり、大袈裟に言えば死人さえも出かねない。

限界がないものに、限界があるもの(時間、人間の能力、あとお金?)をつぎ込むんだから
ほっといたら、倒れるし、死人も出る。

だからルールがある。だからこそルールを守ることが大事だとオレは思うんです。
選挙運動は7日間、8時から20時の間、使えるお金はいくらまで、運動員の数にも制限がある。
ポスターの枚数も、ハガキの数にも制限があって、ビラも禁止だし、戸別訪問も禁止だ。

オレのことを、受かる気がないとか、甘ったれてる、とか言うけれど、
ルールを作る人間にルールを破ることを望む人ってどうだろう?
そう言う人は、自分も規則を犯しながらも得をしたい、欲しい物がある、って人じゃないのかな?
「違反じゃなくて、抜け道だ」とか、他人には建て前のルールを押し付け、自分は出し抜く。
オレはそう言う人を政治家として、自分たちの代表として選びたくないんだ。
談合や汚職が絶えないのは政治家や官僚のモラルだけじゃなくて、こっちにも問題がある。


最後は、変な話になりましたけど、
カオリさんの応援する候補者にとって
カオリさんもかけがえのない、代りのない存在だと思います。
ですから、言ってもムダかもしれないけれど、能力以上のことをやろうとしないで下さい。
体に気をつけてください。

今日の新聞に民主党の格差是正の案で
最低賃金平均時給1000円って記事を見た。
格差って誰にでも都合の良い言葉を使うなって言ってたけど、
http://blogs.yahoo.co.jp/kentaroushouten/46246066.html
具体的な数字が出てきた。
これで、全員賛成みたいな都合の良い格差の議論から、前に進むと思う。


正直な気持ちを書こう。
民主党に本気で実現する気は見えない。
オレ自身、「どうせ無理だから、一度やらせて恥じかかせろ!」って思った。
けれど、思い直した。



時給1000円なら
1日8時間、月に25日で
月収20万円 夫婦2人で40万悪くないと思う。
この前書いた、
http://blogs.yahoo.co.jp/kentaroushouten/46298622.html
の最低賃金で子供を生んで、育てて、健康なまま死ねる。そんな目標も見えてくる数字だと思う。


健康なうちは働いて、年金の心配も減る。
障害者の賃金も同額って書いてあった。
生活保護費も多分、同レベルまで引き揚げられるでしょうし、
どんなになっても社会がこれだけ保障してくれるって思えたら生きていくうえで力強い、
それがチャレンジ精神、起業精神にもつながるかもしれない。その意欲が経済を発展させる。
愛国心だって勝手に根付くだろうし、
少子化だって改善するかもしれない。
それに世界中から日本人になりたいって移民が来るでしょう。
日本の人口はまた増加へ転じるかもしれません。


オレ自身、甘ったれたこと書いてるな、とか
そんなに上手くいくわけないだろ、とか思ってます。

けれどね、本気でやる気になって、本気で実現していくために
何が障害で、それをどうやって乗り越えていくのか?
それを真剣に考えること、それってすごく大切だと思う。

オレがさっき書いたような世界を望まない人もいるだろうし、
(オレ自身ちょっとどうかな?って思うとこもある)
だからこそ、議論する中で、
国民が国家に対して、望むこと、社会に対して何を望むのか?
また同時に社会に対して個人が、いかに貢献していくのか?という問いにつながったら
この国はもっと良い国になると思う。

オレ自身、多分、民主党は本気じゃないって思ってます。
けれど、そうやってそこで議論を、思考を止めずに、

この国の社会の有るべきカタチを
選挙なんだから、そうやって国民に問うべきだ。
そして私たちはその問いに答えなければいけない。


言ったからには、本気でやれよ!民主党。

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