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一票の値段?

一票の値段っていくらぐらいでしょう?

正確に算出するのはなかなか難しいかもしれないけれど、
ごくごく単純に新潟市の場合、
19年度予算が約3333億円
昨年の市長選挙時の有権者数が65万1467人

同規模で4年間予算が組まれるとして3333億×4=13332億円
これを有権者数65万1467人で割ると204万6458円(あってる?)
予算は市長が出して議会で審議、承認されて成立だから、
市長選挙と議員選挙で半々?
204万6458円÷2=102万3229円

かなり大雑把に新潟市の市長選挙においての一票の値段=約100万円
これは4月の市議選挙も同じ金額。

このお金をどう使いますか?

昨日書いたけれど、
これをね、「いくらで買ってくれますか?」
「飲み代おごってください。」
「仕事回してください」とか
こういった言葉を言う時にちょっと考えて欲しい。

飲み代とか、ビール券とかで安く票を買って、
それを大きな仕事を取ったりして大金に変える人がいる。
「安く仕入れて、高く売る。」商売の基本。
選挙で商売が成立しちゃう。選挙を商売にしている人達がいる。

選挙は汚いとか、関わりたくない、分からないって選挙に行かない人は多い。
でも選挙に行かなければ一票の値段はどんどん高くなる。
市長選挙の投票率は約40%
実質の一票の値段は250万円です。

熱心に選挙に行く人はどんどん儲ける。
行かない人はどんどん損する。

100万円どう使いますか?


上手く書けない。また後で上手く伝わるように書き直せたらって思います。
今日はこれくらいです。

人は優しい、素晴らしい、信じるに足る、と教えることはすごく大切だ。
けれど、同じく人は弱く、ズルく、汚い、と教えることもすごく大切。

ニートとかフリーターについて思うこと、



いつも恥ずかしいこと書いてます。
「笑われてなんぼ、ケツ出してなんぼ」(松尾スズキ)
みたいなもんですからオレも、
あくまでもオレの話、個々の状況はそれぞれに違う。
でもどこかに多くの人と共通するところ、共感するところがあったらなーって気持ちで書いています。
自分のことはどうしても客観視できないから、上手く伝えられるか不安です。

学校では、
弱いものイジメはいけない。
人の物を奪ってはいけない。
人を傷つけてはいけない。
動物や環境にも優しく生きよう。
ルールを守ろう。
みんな仲良く。
みたいに教えられる。

けれど、実際の社会に出ると、いきなりその価値観が逆転してしまう。
強いものは弱いものから搾取し、弱いものはさらに弱いものを、
談合や不正を行ってでも利益を上げることを求められ、
利益のためには人を傷つけてもかまわない。
動物や環境に配慮するよりも利潤を求め
時に人を裏切り、騙し、ルールを守ることも、
利益を追求する目的の前では全てキレイごと
そのような価値観を求められる。

例えば、談合や、不正を行っても、
会社のため、従業員のため、家族のため、って言えば
なんだか美談として受け止めることありませんか?
テレビで謝っている、どこかの偉い人の話じゃなくて、
自分の家族や、そして自分自身が
子供のため、家族のために汚いこと、汚れ仕事をやってるって言ったら、
ちょっと許せる気持ちありませんか?

どこかで書いたけれど、オレの勤めてる会社で、オレの仕事で談合があった。
額も、規模も小さい。それに会社の中にその仕事が不正だって意識がなかった。
でも、補助金をもらう事業だったし、それはみんなの税金からお金を奪うこと、
みんなの財布から、少しずつお金を盗むことと同じってオレは思った。

不正を止めましょう。って言ったらいづれにしても会社辞めることになるだろうなって思った。
自分自身でも悩んだし、信頼する人に相談もした。
その全ての人が、「オレのガマンが足りない」
「子供がいないから、家族がいないから言えること」
「甘ったれてる」って話になった。
オレに泥棒はいけないって、育てた両親すら同じだった。

その辺でつまづく。
それからしばらく求職しながらフリーターでした。

みんなどうやって、その学校と社会のギャップを乗り越えているのかなーって
今でも、答えは出ない。

そう言いながら、
今のオレも実際、全ての不正にノーといってるわけでもないし、
環境に悪いこともしながら、
人のモノを奪い、人を不当に傷つけながら生きている。
どこかで、鈍くなって、気付かないフリ、知らないフリをしながら生きている。
どこでその線引きをし、どこでバランスを取っているのか自分でも分からない。
(バランスは取れていないか、)

小さいうちに、人間の悪い部分を汚い部分を、弱い部分を知り、
そういった悪意に対する免疫をどこかでつけなきゃいけない気がする。

誤解を恐れずに言えば、(誤解を恐れるから、この表現を使うんだけど、)
小学校の校舎を柵で囲い、
事件が起こればカウンセリング、
そういった教育はどこか危なっかしい。
オレ自身の危なっかしい部分と重なる。

人は優しい、素晴らしい、信じるに足る、と教えることはすごく大切だ。
けれど、同じく人は弱く、ズルく、汚い、と教えることもすごく大切。

結論は出ません。

フリーター、ニートの問題、格差の問題は奨学金で解決。
親の経済力に関係なく職業訓練を行う。
働く意義をなかば強制的に植えつける。
就職率の向上、離職率の低減につながる。
誰にでも利用可能な奨学金制度の新設が、問題解決の手助けになる。



(話のマクラです。読み飛ばしてもかまいません。)
介護職員だった弟が看護学校に合格した。
介護職員で働き続けることに限界を感じていたみたいで、
看護士になりたいらしい。
そのスタートに立てたこと、そして目標に向かって行動を起こしたこと、本当におめでとう。
オレにできることがあれば手伝うよ、

そんなんで、実家にお祝いするからって呼ばれたんだ。
家の母親がオレに言った。
「父親の定年まで4年あるから、その間にスネをかじれ!」ってなことを言ってた。
母親は、オレの現状を憂いているのだと思う。
今でもきっと、弁護士とかになってもらいたいとか思ってると思う。
その気持ちはすごく嬉しかった。

けれど、オレは高校卒業してから、極力、親の援助なしでやってきたつもりだ。
(もちろん多くのことで助けられてきた。けれど、それでも、守ってたラインがあった。)
高校卒業して、大学受かんなくて、予備校に通ってた。
その学費、その生活費は新聞の奨学金でまかなってた。
通信制だけど、大学にも通ってた。
その時も、アルバイトをし、そのお金で学費を出し、生活費も少しだけどそれなりに入れてた。
今も、また放送大学の講義を受講している。それもなんとか自分の給料から捻出しています。

小さいことだけれど、それが今のオレの小さなプライドなんだ。
それがオレの気持ちの支えになってくれている部分が確かにある。
経済的な理由で中卒で働いている同級生がいた。
そうやって頑張る同級生に負けたくなかったって気持ちもあった。
だから、母親の言葉は嬉しかったけれど、
それは病気だったり、怪我をしたとき社会保障も受けられなかった時の最後の最後の手段で、
今のオレの中ではありえないことだと思う。
他人から見ればとても小さいことでくだらないかもしれないが、
オレにとっては大切にしたいモノだ。

けれどね、ちょっと不安になることがある。
オレは自分のことは自分の責任でやるんだ。ってやってたつもりだ。
けれど、弱い部分があってここで頑張らなくても、
痛い目を見るのはオレなんだから、それでもいいや、って気持ちによくなった。
学校も途中で辞めてしまったし、
その代わりに始めた商売も中途半端なカタチでほったらかしにしてしまっている。
そうやって、頑張れなかったことが
今のオレの母親が心配するような状況につながってる部分も否定できない。

なかなか、自分のために頑張る!って思い続けるのは難しい。って思う時もある。
例えば、なにか辛いことがあった時に
誰かのことを思うと頑張れるって気持ちは多くの人に共感できる感情だと思う。
もちろん、そう思うことも、自分勝手な思いであることぐらいはオレも分かる。
困難な状況の時に、自分の自分に対する期待だけじゃなくて、
誰かの自分に対する期待を裏切りたくないって気持ちが、頑張る気持ちにつながる時があると思う。
だからね、家の母親が給料を自分の楽しみのためじゃなくて、
オレのために使ってあげたいって思ってくれるその気持ちは単純に嬉しかった。
その気持ちだけで、十分です。
幸田健太、その愛されてるって気持ちで十分頑張れます(多分)


長いけれど、ここまでが前フリ。



家の親の家計はそんなに裕福じゃないけれど、
頑張れば、オレに学費の援助をできる状況なのかもしれない。

ここがね、今の格差の問題、格差の固定化?って話につながっている気がする。
子供が社会人として自立するまで経済的に支えられる家庭とそうでない家庭の格差。

家庭の事情にかかわらず、
勉強したい。能力を磨いて社会に貢献したいって思う人に教育の機会をキチンと与えること
それが、オレが望む格差の是正だ。
奨学金です。
オレは奨学金の拡充が何よりの格差対策になるって思っているんです。

ビジネス系の資格講座とかに厚労省の教育訓練給制度ってのがある。
けれどね、これ財源が雇用保険、受給資格が雇用保険を一定期間収めていないと受けれないんだ。
でも、今言われているフリーターとか、ニートは
雇用保険を収められていないから対象から外れてしまっているんだ。
最も職業訓練を必要としている人たちに制度が応えられていないんだと思う。

フリーター、ニートを対象にした奨学金を作るべきだと思う。
大学でも良いし、ビジネス系でも良いし、とにかく奨学金。
そうやって、自分以外の人が自分に期待してくれることが、やる気につながるんだと思う。
少し、嫌な見方をすれば、奨学金(借金)を返すために就職し、また離職を防ぎ、
ニートやフリーターが減る。
何よりの対策になると思うんだけれど、

就職することを前提に信用して個人に融資を行うこと、
社会が、個人に対して信用すること、期待すること
それが頑張ろうって気持ちの支えになったら良いと思う。

辻さんのおっしゃるとおりに、
毎日一生懸命働いても生活が楽にならないという状況は
豊かな国だと思っていた、今の日本では相当な悲しみに違いありません。
けれど、やっぱり実感を伴わない私のこの「悲しい」って言葉が軽いと思われるのは仕方ないことで、
けれど、経験しなければ同じ気持ちになれないとしたら、どうやったって分かり合うことはできないし
本当に分かり合うことはできないかも知れないけれど、同じ気持ちになれるんじゃないか?
理解したいって、想像力を働かせることが優しさだったり、
けれど、そんな想像力じゃ実際に救うことは難しいんじゃないか?
とか、それでもそれしかできないならば、想像するしかないんじゃないか?
とか、もうエンドレス。


この前、公務員についてで書いたと思うけれど、
http://blogs.yahoo.co.jp/kentaroushouten/41436271.html

「最低賃金で、健康で文化的な最低限の生活をできるようにするべきだ。」
例えば、新潟県の最低賃金。648円
1日8時間で25日働く
12万9600円
このお金で、子供を生んで育てて、健康なままで死んでいける。そんな社会を目指すべきだ。

それを実現するためには何が障害なのか?って考える。
多分、100円ショップは150円ショップになったり、
500円のランチが700円になったり、
社会保障にコストをかけるから物価は上がる。
年金で生活している人とかは困るだろうし、
社会保障費が増えれば、企業の国際的な競争力が落ちて景気が悪くなるかもしれない。
景気が悪くなれば高水準の社会保障は実現できない。
オレが今思うだけでも状況は楽じゃない。

最下層を底上げするためにはこの前ちょっと書いた、
付加価値の高いものを生産すること、
http://blogs.yahoo.co.jp/kentaroushouten/46190169.html
人間という資本の付加価値を高めること=教育(失言か?)
とかが必要だと思う。


それで、ちょっと待ったってなるんだ。
今のこのワーキングプアって状況は
企業が国境を超えて活動できるようになったから、
企業は労働力をより安いところへ求める。
だから、先進国の労働者の賃金は途上国の、それも一番低いところに引っ張られてしまう。
この状況をほったらかしにしてたらどうしたって賃金は上がらずに下がってしまうと思う。

オレがちょっと待ったって思うのはここ、
国内で格差が広がり、少数のもてるものが富を独占している状況。
それって、今まで、私たちが放置してきた先進国と途上国の格差「南北問題」
が国内にも入ってきたってことだと思うんですよ。
この国際間の資本の格差を放置してきたツケを今払わされてるんだって思うわけですよ。

こうやって問題を大きくして論点をあいまいにしてしまうのはすごく汚いことだと思う。
最初に書いたように、本当に分からないことは分からないし、
それでも、想像力を働かせて、分かり合えるんだって思いたいし、
でも自分の力なんか本当に小さいって自棄になってしまいそうになるし、
それでも、やっぱりあきらめたくないしで、まあなんとか生きてるんですが、

よく言われることで、
「世界の視点で考えて、できることからやる」って、それしか無いと思うんですね、
それは、オレだけじゃなくて、みんな思ってることで、
富を独占していると思われてるビルゲイツですら、(ビルゲイツさんごめんなさい。)
同じように思っていると思う。
なのにそんな幸せを願う私たちの意志に反して、モンスターはどんどん巨大になる。

そのモンスターがどこで育つかって言えば、やっぱりオレたちの自身の中、
独占したいって気持ちや、他人より良い生活がしたいって欲望や、
自分の中にある暴力性をなんとか、どうにかして飼いならさないといけないんだと思う。

オレの中の今の、希望は、一人一票の民主主義だ。
http://blogs.yahoo.co.jp/kentaroushouten/43577595.html
どんな金持ちも、どんな貧乏人も一人一票。
国連だって、どんなに負担金を出している日本だって、
負担金をほとんど拠出していない国だって一票だ。
(国連はどう考えても民主的じゃないんだけれど、それだけに改善点があると思う)

だから、オレはこの国の民主主義を機能させたいんだ。
今の手続きだけの、ヤラセの民主主義をぶっ壊したいんだ。

なんとなく、正確に理解されていない気がしてます。
それでもイイや、っても思いますが、やっぱり大事な問題だし、
格差の問題。前の記事
http://blogs.yahoo.co.jp/kentaroushouten/45483518.html
http://blogs.yahoo.co.jp/kentaroushouten/43577595.html

格差という言葉を使ってしまうと、議論が問題の本質からずれる。
だから、格差という言葉を政治家や報道機関が使うことは問題があるって思うって話。


格差社会って言葉じゃなくて、
「富の再配分が機能していない、上手くいっていない。」って言うべきだと私は考えます。

政治の役割の大部分は富の再配分を行うこと。
黙っていたら、富は富を求め,富む者はより富、貧しいものはより貧しくなる。
税金って形で強制的に社会の富を集めて、それを配分しなおすこと。それが政治の仕事。
その政治が機能していないってことが問題だと私は考えるのです。

格差って言葉を使ってしまうと、
この前も書いたけれど、
各々が、各々に都合の良い格差を想像してしまい、問題の本質が不明確なままに議論が進んでしまう。
政治の場でそれが行われると、ただでさえ機能していない富の再配分がより機能しなくなる。
だから、政治家や、報道機関がこの言葉を使うべきじゃないと考えるのです。

「格差を無くそう、是正しよう。」という一見?一聞?
誰にでも聞き心地の良い言葉を、
定義がいい加減なことをいいことに、
この言葉を意識的に悪用している人達がいます。
それが、政治家と報道機関。(無自覚に使っている人は,なおタチが悪い。)
少なくとも、私にはそう思えてしまいます。

格差の問題を訴えているうちは問題の本質から目をそむけさせることができるから、
また、格差を解消してしまっては支持を得られないから、
格差の解消を訴えながら、格差を是正する気は全く無く。
むしろ格差を広げる。

takaさんの言う「努力が報われる社会」ってのも
ある人にとっては努力してお金儲けをして富を独り占めすることが
努力が報われることって思う人もいるし、
いやむろ、努力した人が報われる社会を目指す。って言葉で最高税率が下げられてきた。

政治家の仕事は富の再配分を行うこと。
その問題から目をそむける「格差」という言葉を政治家が使ってはいけない。

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