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1 小中学校までは補習無料
希望する人には(年齢関係なく)
中学校までの学習内容は理解するまで行政が責任をもって教えます。
2 高校に
保育科、看護科、介護科、等の医療学科、仕事に直結する英語科等を新設
就職に必須となっている自動車免許取得も単位認定
3 健康保険、介護保険の未利用者にポイントの還元
ポイントは体育施設やスポーツクラブの利用料として利用できる。
(市税、健康保険料としても利用可)
4 職員の時間外手当廃止
5 職員の定期昇給廃止
6 外郭団体への支出の廃止
7 議会議員歳費 日当制 最低賃金産出
8 議会の夜間、土日の開会
9 雇用の創出
医療、健康、教育、行政
10 25歳以下の人からの選挙公約の公募
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マニフェスト
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「失業者がゼロになるまで、公費で職場を用意します。」
と私はたびたび主張しています。
そのことに、反対の方も多いでしょう。
「支出を削減するために、人件費を削減しよう!」という時代に
働きたいと望む全ての人に公費で職場を用意する、
という私の主張に反対する考え方があることは理解します。
けれど私は、それでも、「失業者は公費で雇用すべき」だと主張します。
民間企業が事業を見直し、人員を適正な数に調整することは、経営者の判断であり、
すぐにという意味では私たちの手の届かないところにあります。仕方のないことです。
けれど、公が民間と同じように、不景気だからと人員を、人件費を削減することは大きな間違いです。
更なる、新たな失業者を生むからです。
私たちは失業者に対して、失業手当や生活保護費を社会として負担しなければならないのです。
賃金としての削減した支出が社会保障費に変わるだけで、社会全体としての支出は減らないのです。
公のお金は私たちの税金です。ですから、無駄遣いは一切認められません。
けれど、同じお金の使い方であるならば、失業手当や生活保護費よりも賃金としての方が、
はるかに正しいお金の使い方だと私は考えるのです。
社会全体の人件費を削減しながら、社会保障費を増やすことは、非常に馬鹿げています。
失われた10年、20年と私たちがやってきたことはそういうことではないでしょうか?
自分たちの足場を自ら削るような愚作は、もうやめにしましょう。 民間の需要が少ない時こそ、公がその需要を補い。
民間の需要が多く、人手が足りない時には、公から民間に人供給し、補うことが、
社会を安定させ、発展させるための公の役割だと私は考えます。
失業者がなくならないうちは、まだまだ民間の需要が不足しているのです。
公で、支えなければいけないのです。
働く場所が無い。ということは収入を得ることができない。ということだけでなく、
働く力を身につける機会を失っているということです。
学校の勉強を学ぶことは大切なことです。けれど、もっと大事なことは、働きながら仕事を学ぶことです。
多くの人が実感を持って知っていることでしょう。
私は、働きながら、多くの人から、仕事を習い、そして今も働きながら仕事を教わっています。
社会が成長するとは、一人一人が成長することです。
その機会が与えられないということは、
失業者本人にとっても、社会にとっても、不幸なことです。
社会の最低限の基準として
「公で誰もが働くことができる社会」をまず、実現しなければならないと私は考えます。
民間企業が人件費を削減することは私たちの手の届かないところにありますが、
失業者を公で雇用することは、私たちの意志で可能なことです。
失業者が多くいるにもかかわらず、公が人件費を削減することは間違っているのです。
やってはいけないことです。
ですから私は「公費で、失業者を雇用する。」ということから、始めたいのです。
働きたくとも、その働く場所がない。という人がいる限りは
私たちの社会は豊にならないのです。
公に、民間と同じように、支出の削減を求め、その結果、失業者を生むことは間違っているのです。
公務員に対する、妬みや嫉妬を超えて、今、やらなければいけないことがあると私は考えるのです。
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被害妄想かもしれませんが、政治家は嫌われます。
政治家志望の私が嫌われている?かは微妙ですが、
(自覚がないのは幸せなことです。笑)
政治家の評判悪いです。
「政治家なんか要らない。全員辞めちまえ!」
というように考える人が多いのではないかと感じています。
「政治家なんか要らない。全員辞めちまえ!」
大いに結構です。
けれど、そうであるならば、政治家に代わる何かを用意しなければなりません。
それは、王様でしょうか?軍隊でしょうか?神様でしょうか?
私は、残念ながら、政治家よりましな、その何かを想像することができないのです。
政治の本質は悪かもしれません。
政治家は悪かもしれません。
けれど、それに代わるものがないのであれば、
私たちは政治から逃げることはできないのです。
必要な悪であるのならば、
現在よりも少しでもましな悪にしていかなければいけないのです。
だとすれば、私たちは政治から逃げるのではなく、
積極的に係わることが、社会をより善く変えると考えるのです。
アルビレックス新潟というサッカーチームがあります。
大きなスポンサーがいない代わりに、多くのサポーターが入場料を負担してチームを支えています。
多くの人がボランティアという形で、チームの運営を支えています。
サッカーチームだけではありません。
多くの人が自分の地域のために活動し、
多くの人によって、社会は支えられています。
私は、そういう人たちと同じ気持ちで、
私は生まれたこの町に係わりたいのです。
私が政治家を志すのは、それが理由です。
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私たちの決定は、私たちだけでなく、
決定権のない若い世代、生まれてもいない世代に対しても
大きく影響を与えます。
決定権がないにもかかわらず、
責任を押し付けられることは、非常に理不尽なことです。
私たちはその理不尽なことを、若い世代に押し付けているのかもしれません。
私は自分が嫌なことを、他人に強いることは恥ずかしいことだと考えます。
今、決定権を持っているその責任を、果たさなければいけないのだと考えるのです。
私の選挙公約として採用するかは、申し訳ないですが私が決定します。
都合の良い、言い分ですが、どんなアイディアでも歓迎します。
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健康であることは非常に価値があることです。
本人にとって非常に価値があり、
家族にとって非常に価値があり、
そして、社会にとっても、非常に価値があることです。
病気にかかっても安心という社会を作ることは大切なことです。
けれど、病気にかかりにくい社会を作ることはもっと大切なことです。
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