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政治のこと

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犠牲と自制

昨日の記事の続きです。
 
昨日の記事の一部を乱暴に要約すると、
「公正な社会とは、決定したものがその利益を最後に享受する社会」
と私は主張した一方、
 
公正な社会、公正な分配を実現する方法として
「政治家に公正さを求めない。」
という方法を支持するというものでした。
もうすこし説明が必要な気がします。
 
「個人がその利益を最大にすべく主張しあうことが、結果として公正な分配につながる。」
その方が自然です。
 
最初にケーキの例を挙げましたが、
個人の犠牲精神を称える例えではなく、私がケーキの例を挙げたのは、
それが私の利益にかなうから、私は権力者には自制を望むのです。
 
他者に犠牲を強いようとすれば、同時に自らも犠牲を強いられる。
私は他者にも、自分にも犠牲を望みません。
現状の認識が甘いという人はいるでしょうが、そういう社会を実現したいのです。
 
 
政治家を減らせば減らすほど、反映されない意見が増えます。
誰かの犠牲になる人が増えます。
政治家に対する不信から議員を減らすことが更なる不信を生んでいるように私には思えます。
政治家を職業とせず、誰もが政治に係わること、
誰もが自分の利益を代表する一人の政治家として社会に係わる。
政治家を減らそうとする行為は他者と自分に犠牲を強いてしまいます。
 
 
他者にも自分にも犠牲を強いる社会ではなく、
自分にも他者にも自己の利益を最大にするための自制が働く社会を私は望みます。
 
 
 

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雪の日に思うこと、

全国的に大雪の様子です、
私の住んでいる所は新潟県内では最も積雪が少ない地域ですが、
それでも例年より雪が多く積もっています。
 
正直な実感として、(十年単位で)以前に比べ、除雪が遅れているという印象があります。
自動車が通った、わだちだけ、除雪の跡のない道路が目立ちます。
除雪作業が追いついていないのだと思います。
現場で作業に携わっている人は大変な状況なんだろうと思います。
 
私が興味があることは、こういう降雪のスピードに除雪のスピードが追いつかない状況のとき、
どの道路から除雪を行うのか?
そこにどの様な形で優先順位づけがされているのか?
ということです。
 
こういう状況が政治なのだと思うのです。
 
依頼(苦情?)の電話が来た順番に回ることもあるでしょう。
人口比で過疎地を後回しにしなければならない状況もあるかもしれません。
 
無限の欲求に対し有限な資源の配分を行う。
政治の技術が信念が政治家に問われる状況だと思うのです。
 
 
誰もが、できるなら自分の家の前から除雪作業をしてもらいたい。
私だってそうだ。
けれど、それは同時に他の誰かの家の前の作業が遅れることを意味します。
この、想像力が働く限界を超えて行政の範囲を広げると何事も上手くいかないのです。
 
除雪に限った話じゃなくて、
道路など、インフラの整備、
補助金、助成金、もらわなきゃ損?
年金や社会保障、
また、ゴミ処理場や原発、基地、等々、
 
こういうのを自分の目から見えないようにすることを目標に政治が行われてきた気がします。
想像力を奪い、行政を広げて、結果また他者に対する想像力が乏しくなる。
 
 
 
市役所では除雪の依頼の電話が鳴ってる気がします。
その声に耳を傾け、状況を把握する手助けにすることは大切です。
けれど、そんな電話に「すぐ行きます。」ではなく、
「一生懸命やってるからもう少し我慢して下さい。」
と言える政治家になりたいと私は思うのです。
 
 
 
 
 
10月に引越しをしまして、昨日ネットが開通しました。
更新を怠っていました。
少ない読者の方すみませんでした。
 
 
更新していない間の重要案件はTPPと今日の橋下大阪市長でしょう。
 
まず、橋下市長から、
 
私が今回の件で、思い出したのは「銀河英雄伝説」でした。
銀河英雄伝説は思春期に出会ってしまって、
今の私を形成する要素の一つになっています。
 
銀河英雄伝説では
「愚者の民主制と賢者の独裁どちらが優れているか?」
というテーマが根っこにあったと私は理解しています。
物語は帝国の独裁が同盟の民主制に勝利するという結末なのですが、
私は(なんとなく、著者の田中芳樹も)それでも民主制の方がマシ。
というように思っ(そして、書いている気がし)てしまうのです。(笑)
 
大阪市民が愚者か?
橋下徹氏が賢者か?は別の問題としても、
今回の大阪市長選挙で、私は銀河英雄伝説を思い出しました。
 
 
結論を言います。
私は、大阪市民が民主的に(独裁を)選択したのだから、
それは民主制だろうと考えるのです。
 
大阪市民は脅されたわけでも、買収されたわけでもなく、
自らの判断で橋下徹氏を市長に選びました。
民主的な手段で。
 
たしか銀河英雄伝説にもこうあった気がします。
ヤンは「民主政治の良い点はその失敗の責任を選択した市民が負うこと」
と言っています。
専制の失政の責任も市民が負わなければいけませんが、
その選択に市民が参加できないのです。
(ここで、独裁と専制を言い換えてしまいましたね、)
 
橋下氏を市長に選択したことの、利益も不利益も大阪市民が得、負うのです。
立派な民主主義です。
ナチスドイツも、戦中の日本もその責任を負いました。
その覚悟を持って、橋下氏を市長に選択した大阪市民を私は支持します。
 
橋下氏は閉塞した状況を打開するためにも、独裁が必要な場合もある。
と自らを認めて、選挙を戦った。それは正直で潔い態度です。
めんどくさがって任せっきりにすることなく、
主権者として、権力を監視し続けることが最も必要なのだと私は考えます。
 
それを放棄した結果が現在の閉塞状況なのかもしれません。
 

高等教育の無料化?

「勉強せずに単位を取ること、勉強せずに卒業すること」
は本人にとって良いことでしょうか?
「勉強しない学生に単位を与える先生、勉強しないままの学生を卒業させる学校」
良い先生でしょうか?良い学校でしょうか?
 
教育は、贅沢品です。
本人や親だけでなく、社会も大きな負担をしています。
勉強したくない人に勉強を教えることは、ものすごい無駄遣いだと私は考えます。
 
無料だからと、学校に行き、
学生が入ればお金がもらえるからと誰でも入学させ、卒業させる。
そういうのは社会にとって悪です。
 
もしも、学費を自分で負担する人なら、
同じお金で、「もっと勉強したい。」「もっと教えて欲しい。」
そう考えるのではないでしょうか?
 
勉強したい人だけが、高校へ行き、大学へ行く。
勉強したいから高校へ、大学へ行くのでしょう。
100点取ってから高校へ大学へ行って欲しいのです。
そういう人を社会として応援したいのです。
 
 

供託金が足りない。

今日は、仕事を休んで立候補予定者説明会に出てきました。
 
恥ずかしながら、34才で預金が50万円ありません。
事前審査日の3月14日までに50万円の供託金を用意できなければ、立候補できません。
 
 
選挙のお金について、
新潟市の市議会議員選挙についてのケースです。
 
供託金 50万円
 
いろいろ補助があります。
選挙カー
ハイヤーを利用する場合。(あまりいませんが)
1日64500円×9日  580500円
自前で選挙カーを準備する場合(一般的なケースです)
車両補助
1日 15300円×9日 137700円
燃料代
1日 7350円×9日 66150円
運転手代
1日 12500円×9日 112500円
計316350円(上限)
 
ポスター補助
新潟市西蒲区の場合
504367円(上限)
 
選挙はがき
4000枚×50円 200000円(上限)
 
これだけ、補助を、税金で負担していただくのだから、
供託金50万円は理解できるのです。
 
 
私は選挙カーを利用しようと思わないのです。
ポスターも10万円くらいで作ってもらおうと考えています。
選挙はがきはありがたく利用させていただきたいと考えていますが、
なくてもかまいません。
 
補助いらないから、供託金免除してもらえないかな?
なんか、いろいろ、やましい考えが浮かんでしまうのです。
 

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