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第十二代景行天皇をおまつりする大宮神社は熊本県北部の温泉地山鹿市に鎮座し、この町の産土大神(うぶすなおおかみ)として古来より篤い信仰が寄せられてきた。 八月に行われる例祭は山鹿燈籠祭(やまがとうろうさい)(*)と呼ばれ、室町時代より六百年続く伝統神事「上がり燈籠(あがりとうろう)」をはじめ、たいまつ行列、燈籠踊り、花火大会など様々な神事、行事が行われ、毎年多くの観光客が訪れる。 境内には、燈籠祭「上がり燈籠」で奉納された山鹿燈籠を一堂に保存展示する燈籠殿をはじめ、その数九州一の猿田彦大神石碑群、無病息災の鳥居くぐりなどがある。 ■住所:熊本県山鹿市 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (*)山鹿燈籠祭 熊本夏の風物詩。 8月15日の「奉納燈籠の飾り付け」で幕が開き「下がり燈籠」で幕を閉じるまつり。 その昔、菊池川一帯に立ち込めた深い霧に進路を阻まれた景行天皇のご巡幸を山鹿の里人が、たいま つを掲げてお迎えした。その時以来、里人たちは行在所跡(大宮神社)に天皇を祀って、毎年たいま つを献上したのが祭りの由来となっている。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |
熊本の寺社仏閣
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熊本県高森町から宮崎県高千穂町に向かう国道325号線から少し入った「草部吉見(くさかべよしみ)神社」は、神武天皇第一皇子・日子八井命を主祭神とするお宮で、社殿が鳥居よりもかなり下にある「下がり宮」と呼ばれる珍しい配置で、鵜戸神社(宮崎県日南市)、貫前神社(群馬県富岡町)とともに 「日本三大下がり宮」 の一つに数えられている。阿蘇神社の三の官。草部の名は宮居の壁を草で葺いたことに由来する。 この神社は”卵”をお供えしてお祈りすると霊験あらたかなのだといわれる珍しい神社でもある。 ■住所:熊本県阿蘇郡近森町草部2175 |
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天正13年(1585年)加藤清正公が父君清忠公追善のため大阪・摂津に一宇を建立し、本妙寺と号す。日蓮宗の名刹。 天正16年清正公肥後の大守に伴い、同19年本妙寺を熊本城内に移す。慶長16年清正公熊本城内にて薨去、遺言状により現在地に御廟所を造営する。 慶長19年熊本城内の本妙寺が焼失したため、清正公御廟所の地たる現在地に移転。明治10年西南の役で大本堂焼失。明治17年(1884年)大本堂再建。 清正の命日7月23日に行われる頓写会(とんしゃえ)は参道の両脇には多くの出店などが立ち並んで、明け方近くまで熊本県内外から多くの参拝客がここを訪れる。 ■電話番号:(096)354-1411 |
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鎮座以来1070余年の歴史を誇る秋の例大祭(馬追いと飾り馬)で知られる藤崎八旛宮は、他の八幡宮と違い、「八旛宮」の文字を用いる。 天文十一年(一五四八)後奈良天皇宸筆の勅額によるといわれる。藤原純友の乱の時、追討と九州鎮護のため、京都の石清水八幡宮より、宮崎庄茶臼山(今の熊本県営藤崎台球場)に勧請された。 鎮座の日、勅使が藤の鞭を地中に刺したところ、芽が吹き枝葉が栄えたので、藤崎宮の名称が起った。 明治十年、西南の役で社殿を焼失、現社地に移転した
御祭神
■住所:〒860-0841 熊本市井川淵町3-1
一宮 応神天皇
二宮 住吉大神 三宮 神功皇后 ■電話番号:096-343-1543 |
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幣立神宮は高天原神話の発祥の地とされる。鬱蒼とした巨大な杉に覆われ、五百枝杉(いおえすぎ)と呼ばれる巨大な杉を筆頭に幣立神宮の森として町指定天然記念物の杉木立たちは癒しの空間を創り出している。 社殿は意外に小じんまりとしている。 また、幣立神宮は通称「高天原・日の宮」と呼ぶ。「日の宮」とは天照大御神が住む宮殿、その子孫である天皇の住む御殿のことを指す。
熊本県内でも意外と知られていないが、そうした由緒もあり、ヒーリングの空間としてこの幣立神宮は知る人ぞ知るところで、日本各地からのリピーターも多いという。訪れた際にも老若男女、様々な参拝者が見受けられた。(撮影:09.10.5)
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