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息子の死体を目の前にして、絶望の只中にいた母マリアのところに、一人の女がそっと寄ってくる。彼女はその名を「マグダラのマリア」といった。いわば「もう一人のマリア」だった。
マグダラのマリアはイエスの母マリアに、目立たないようさりげなく話しかけた。
「メシアさまのお母様ですね。大丈夫です、あたし、ユダヤの公安関係じゃないですから。でも、こんな状況ですし、さりげなくお話ししたほうがいいでしょう。あたしはメシアさまに、体と心の両面でお仕え申し上げた女です。世間的にいえば『愛人』と呼ばれる関係の者でした。お母様、もしかしたらメシアさまが生涯独身だったことを嘆いておられたのではなかったですか? でも安心してください。あの方は、酷い性遍歴で身も心もボロボロだったあたしを、大切に愛してくださいました。それもとっても上手に……へへ。ごめんなさい、お母様にこんなこと申し上げて。でも、そうゆう『性愛』って大切なんです。お母様も分かってくださいますよね。ユダヤの正しい教えだって、夫婦について、ですがそう云ってますし。ところであたし、今日この日を迎えて、今あたしにできることって何だろうって考えたんです。そしたらそれは……いいですか?」
マグダラのマリアが、カワイイ顔を少しだけイエスの母マリアのほうに傾ける。正面を向いたまま頷く母マリア。
「このことはまだ、頼りない男の信徒どもには内緒にしていたいんですが……じつはあたし、3日目の日曜の朝にでも、一芝居打ってみようかと思ってるんです。それは、お墓の方に行ってですね、あたしのご主人さまメシアさまが、復活してこのあたしに会われた、とデマを流すんです。これは、生前よく『神の子』を強調されてたメシアさまにとって、絶対はずせないシナリオなんです。もちろんメシアさま本人はこうして死んだ以上はもう何もできません。だから深く愛を受けたこのあたしが、代わりにそれをしてさしあげようというんです。どうでしょう、お母様。メシアさま復活の後付けは、大事なときに裏切って逃げた男の弟子どもに罰として考えさせるとして、いいアイデアだと思いませんか?」
イエスの母マリアは、瞳をそっと動かして声のする方を見た。そこにはとってもカワイイ顔の娘が微笑んでいた。
「マグダラのマリアさん、ですか……このバカ息子がお世話になったそうで申し訳ありませんでした。ほんとに信徒のかたがたには、申し訳ない気持ちでいっぱいです。息子の立ち上げたカルトがみなさまに迷惑かけて、そのうえ本人は先に死んでしまって……なのにマリアさんはそこまでしようと考えてくれてるなんて。べつに愛人がどうの、なんて私は云うつもりありません。嫁が家に来たら来たで、どうせしょっちゅうケンカだったでしょうし。今思えば、あなたのようなカワイイかたにお世話してもらって、息子のイエスは幸せだったんじゃないかと思いますよ。それにこのことは私の、せめてものなぐさめにもなりますし。どうぞマグダラのマリアさん、思うところを実行なさってください。ここで十字架に無残な死体をさらしてる、親不孝の呪われたこのバカ息子も、きっと浮かばれるでしょうから」
クリスマスの夜に、「マリア」と「マリア」のストーリー……。
(完)
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