霊感シリーズ

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鬼火 その11

 シャワーを浴びてきたものの、汗の匂いが胸元から立ちのぼってくるのを感じた。
 作業着が汚れていた。 
 哲夫は、占い師に気をつかった。
 「すみません。仕事帰りに立ち寄ったもので」
 彼女は無言で、じっと水晶玉を見つめている。
 お香が焚かれているんだから、気づかいは無用だったか、と思った。
 哲夫の緊張度が増した。
 手に汗をかいている。
 しょうがないなあ、俺は女の人の前では、いつもこうだ。
 気楽にいられないんだからと、しきりに反省している。 
 
 「気を鎮めなさい。水晶玉を見つめなさい」
 占い師がおごそかに言った。
 蝋燭の炎だけが、水晶玉の中で揺らめいている。
 女と男の顔がゆがんで見えた。
 女は、目を細めたり丸くしたりしている。
 時折呪文をとなえている。
 両手を摺り合わせている。  
 哲夫の気持ちが落ち着いて来た。
 心の「池の水面」がないできた。
 鏡面のような状態になった。
 興奮がおさまった。
 「いよいよです。これから、真理子さんに憑依している霊が現れます」
 「その霊に、あなたの思いのたけをぶつけてください」
 「はい」
 「私はあなたを助けることは出来ません。祈ることが出来るだけです」
 「わかりました」
 「尋常な相手ではありません。覚悟して闘いにのぞんでください」
 「あなたの想いが天に届くことを願っています」
 哲夫は胸の鼓動が高まって来た。
 恐れよりも勇気が上回っている。
 妻をいつくしむ気持ちが強いからであった。
 呪文が大きくなってくる。
 水晶玉の中の風景が、嵐に巻き込まれているようだ。
 走馬灯のように回りだしている。
 混沌としている。
 哲夫は、心地よい香りに浸っている。
 自分の意識が、すうっと水晶の中に入って行くように思えた。
 「生きすだま」が体から抜け出していった。
 混沌のなかへ入って行く。 
 
 哲夫の体だけが、空しく、椅子に腰かけている。
 占い師と受付の女性が、そばにあったベッドに彼の体を横たえた。
 いつか哲夫の脳裏に浮かんだ黒雲が目の前にあった。
 彼の生きすだまは、光を放っている。
 真理子に対する想いが、強ければ強いほど輝くのだ。
 それが哲夫の唯一の武器であった。
 積乱雲に近づいて行く。
 黒雲が光を受けて、ちぎれ飛ぶ。
 強い風が突然、哲夫に向かって吹いた。
 夜叉が吹きかけている。
 哲夫はそう感じた。
 雲の奥から、遂に姿をあらわした。
 十二単衣を羽織った姫様であった。
 「おまえは、わたしの邪魔をしようというのかえ」
 哲夫は言った。
 「あなたですか。私の妻にとりついているのは。お願いです。どうか、出ていってください」
 光にはばまれて、夜叉は、哲夫にそれ以上近づくことができないでいる。
 長い黒髪を振りみだしはじめた。
 重ね着をした衣が風にあおられている。
 顔が、鬼面に変わっている。
 「だめじゃ。六十年、待ったんだ。わしはこの世にいるときに愛しい方がおってのう。添い遂げることが出来なかかったんじゃ。その想いが強すぎたせいで、こうして千年たっても成仏できずにおる。苦しくてたまらん。男と交われば、一時でも心が安らぐのじゃ」
 「真理子は嫁にきたばかりでございます。どうぞ許してやってくださいませ」
 「ええい。ならぬものはならん。ようやく乗り移れる魂を見つけたのじゃ」
 夜叉は、懐刀を右手で取りだした。
 鞘をはらう。
 キラリと光った。
 
 

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