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Mは、pcに向かっている。
両手の指がせわしなく動いている。
小説を書いているのだ。
身体は、この世にあるが、心は、異界をさまよっている。
ふいに画面が暗くなった。
スイッチを切った覚えはない。
操作も間違ってはいない。
黒い霧が画面をおおいはじめた。
数秒後、中央に白い点が出現した。
しだいに大きくなり、形を整えはじめた。
誰かの顔のようだ。
髪の毛、まゆ、目、鼻、口、耳。
しだいに、輪郭がはっきりしてきた。
見覚えのある顔だった。
しかし、何かが決定的に違った。
A子だと思うんだが、・・・・・・。
初めは、和やかな顔つきだったが、目は釣りあがり、口は耳まで裂けてきた。
夜叉になった。
裂けた口が動き出した。
耳の奥に、かすかに声が響いて来た。
「もういい加減にしてくれ」
Mは、自分の耳を疑った。
「どういうことです」
声に問うていた。
「お前は、わしを今でもよく思ってくれているようだが、わしは、この世にいるときは、
お前が憎くてたまらなかった」
Mは、気が動転して、声もでない。
「何か、誤解しておられるようですが」
「誤解も何もあったもんじゃない」
「なにがでしょうか」
「お前が、わしにした仕打ちを考えれば分かるだろう。自己満足な小説をいくら描いても
わしは、まったく浮かばれない」
「反省するべきことは、たくさんあります。だから、私はこうして贖罪のつもりで書い
ているのです」
「贖罪だと。もうそっとしておいてくれ。この世であったことなど、思い出したくもないのだ」
「わかりました。もうあなたのことを思って小説を書くのは、やめにします」
「そうか、ありがたい」
夜叉の顔が、おたふく顔に変わっていく。
「そんなにわしを恋しがっているんなら。一度、こちらの世界に来るといい」
「そんなことが出来るんですか」
「できる」
「また、こちらに戻ってこれますか」
「お前しだいだ」
Mは、腕を組んで、しばらく考えた。
「お願い致します」
「画面を、両手でふれるがよい」
Mの両手が画面に触れると、指のつめの先から、白い煙がでた。
画面に吸い込まれていく。
Mは、丘の上にいた。
空はどこまでも青い。
色とりどりの花が咲き乱れている。
かぐわしい匂いにしびれた。
蝶や蜂が飛びまわっていた。
地上から数メートルのあたりに、黒雲が浮かんでいる。
Mのパソコン画面が、その雲の真ん中にあった。
Mのからだは、椅子にもたれてぐったりしていた。
pcの画面に、現在いる野山の動画が映っている。
呼び声がして、ふりむくと、若いA子がいた。
バレーボールを持っている。
「遊びましょう」
「いいよ」
どんなに、A子に会いたかっただろう。
それが、実現したのだ。
どのくらい時間がたっただろう。
軽かったボールが、しだいに重く感じるようになった。
楽しいはずなのに、どうしたのだろう。
いやになったのだろうか。
それとも。単調な遊びだからだろうか。
こらえきれずに、何度も落とした。
その度に、ドスンと、音がした。
陽が沈んだのか、あたりが暗くなっていた。
ボールを手に取って、よく見た。
ボールでは、ない。
夜叉の首だった。
Mの両手は、血で染まっていた。
A子のことは、大好きだが、これでは、もうだめだ、と思った。
pcの画面から、白い煙がわきだし、ぐったりしているMの指先に入りこんでいった。
からだが、動きはじめた。
目が開いた。
「どうだ。何か、分かったか」
夜叉がたずねた。
「はい。もう、あなた様に、ご迷惑はかけません」
夜叉の顔が、A子のそれに変わった。
「時がくれば、必ず、あなたにお会い出来ます。その時まで、この世で懸命に生きてください。
あなたの持っている才能の花が、もうすぐ開きます。幸せになってください」
画面に若いA子が現われて、必死に、Mに話しかけている。
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手のひらの小説
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目の前のPCを言葉に素晴らしいことですね。★
2011/9/19(月) 午後 2:47 [ kotuko ]
こんにちは。
いつもコメントを寄せていただいて感謝しています。
2011/9/19(月) 午後 4:40 [ けっさん ]
ご無沙汰しております。
けっさんの中では珍しい作品に思いました。
ですがけっさんがこのブログで何をしたいのかが
よくわかる作品だと感じました。
2011/9/23(金) 午後 5:20 [ 竜次 ]
こんばんは。竜次さん。
コメントをいただいて、感謝しています。作品の中に、本音がぽろりと出るものですね。怖いようです。
2011/9/23(金) 午後 7:34 [ けっさん ]