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その夜は、早めに店を閉めた。
初日にしては、客が少なく、寂しいもの
だった。
桜子は、外に出て、客を見送った。
夜風が冷たかった。
「先生、本当にありがとうございました。
母もよろしく言っていました」
深々とお辞儀をした。
「ぼくがいて、良かった。いろいろとこれ
からも、問題があるだろうけど、なんとかのり
きっていってね。応援するからさ」
大通りまで一緒に歩いた。
「先生、小説のお仕事の方はいかがですか」
「ありがとう。おかげで、順調だよ。ミステリー
物を書こうと頑張っているんだ。ぼくには、まっ
たく新しいジャンルなんで、ちょっと大変なんだ
けどね」
「いろいろと、ご苦労がおありなんですね」
「実力の世界だからね。ちょっとでも努力をお
こたると干されてしまう」
「私どもも、おんなじですわ」
街灯のない暗がりだった。
ふたり並んで、道端を歩いている。
ふいに、そばを自転車が通りすぎた。
無灯火だった。
Kは、身体をひねって、接触事故を避けた。
「まったく、あぶない奴だな」
「変な人が多いですね。話がまったく通じない」
「小説の世界より、恐ろしいことが起きるしね」
橋のたもとに出た。
Kは手をあげた。
方向指示器を点滅させたタクシーが、すぐにそ
ばに寄って来た。
「おおっ、さすがに早い」
「餅はモチ屋ですものね」
桜子は、笑顔になっていた。
タクシーが見えなくなるまで、見送っていた。
ふりかえると、栄一が立っていた。
「さくらちゃん、ご苦労さまでした。疲れたろう」
「ええっ」と言って、栄一の胸にとびこんだ。
「今晩は、さくらちゃんのわきで寝るかな」
栄一の手が、以前のように動き出した。
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花シリーズ
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