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それから二十日後に、S子は病院で男の子を出産した。
「ただいま。今帰りました」
夫のAが玄関の戸を開けると、赤子を抱いたS子が大きな声で言った。
「はい、ご苦労様」
腹の底からしぼりだすような声だ。
M子が玄関のすぐわきにいた。
上がりはなに、座布団をしいてすわっている。
最近、体調が良くない。
食がほそくなり、ここ数カ月で、体重が五キロ減った。
ときどきふらつく。
夫のFが、わきで体を支えていた。
「まあ、母ちゃん、大丈夫なの」
S子の顔に、憂いの色が浮かんだ。
「大丈夫。それより早く孫の顔を見せておくれ」
「うん。ほら」
S子が、M子の顔の前に赤子を近づけた。
「まあ、なんてかわいい」
久しぶりに見る母の笑顔だ。
「いい子だ、いい子だ」
父のFは、赤子のほほをなでた。
赤子は、口をもぐもぐ動かした。
「おい、おい」
Fが呼びかけると、赤子は両目をぱっちり開けた。
「おまえさん、起きちゃうじゃないか」
「さあ、おうちだよ。じいちゃん、ばあちゃんだよ」
S子が、赤子にやさしく語りかけた。
瞳がきょろきょろ動く。
「ねえ、この子。分かるのかな」
S子が言う。
「生まれたばかりだからな」
M子が微笑んだ。
ふいに赤子の顔が真っ赤になった。
顔をしわくちゃにして、泣きはじめた。
「おっぱいかな、S子」
M子がたずねた。
「さっき、飲ましたばかりなの」
「おしめは」
「それも、大丈夫」
「とにかく座敷にあがれや。ご先祖様に報告してな」
Fが、にこしこして言った。
赤子を胸に抱いたままで、S子は仏壇の前にすわった。
S子が線香に火をつけようとした時、印を結んだ木彫りの
仏像の影で、赤いリボンが動いた。
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怪奇小説
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