逃げるシリーズ

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乱れる その4

 母は、門口を出て、道に立っていた。
 顔色が良くない。
 何事かあったに違いない。
 「遅かったじゃないの」
 低い声でつぶやいた。
 「ごめん。タロウが」
 「タロウが、どうしたの」
 声をあらげた。
 「つまずいて、ころんだとたんに、鎖が手から離れてしまったんだ」
 少年は、うそをついた。
 初めての嘘だった。
 嘘をつくな、と幼いころから言われ続け、
正直がほとんどに身についていた。
 心臓の鼓動が聞こえた。
 どくんどくんと、打った。
 どうかなってしまうんじゃないかと思った。
 嘘をつくな、と身体が訴えていた。
 「探していたんだ。今まで。大変だったね。それならいいよ」
 母は、おだやかな表情になった。
 「何かあったの」
 「さっき、おまわりさんが来てね。事件があったんだって」
 「へえ、どんな」
 「女の人が抱きつかれたんだって。犯人は、犬を連れた男の子だって言うんだよ」
 ちくりと針で刺されたような痛みを胸に感じた。 
 さっと、顔から血の気が引くのがわかった。
 母に悟られまいとして、うつむいた。
 「お前もタロウを連れて行っただろ。ほんと心配したよ。おまわりさんには、
お前のことは何も言わなかったけどね」
 「そうなんだ。ああ、お腹すいた」
 少年は、話題を変えた。
 わざと明るい表情で言った。
 「早く手を洗って。仕度ができてるからね」
 玄関は南側にある。
 家の角を曲がり、チェーンを杭につないだ。
 「やれやれ、やっと着いた。きょうのことは内緒だぞ、タロウ。絶対にな」
 言葉を解さない犬に、少年は話しかける。
 そうやって、自分自身を納得させた。
 数週間、少年はびくびくしながら過ごした。
 女は被害届を取り下げたらしい。
 二度と、警官が訪れることはなかった。
 
  

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