姿川恋物語シリーズ

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ツヨシ 7−5

 M子は、途中でタクシーを降りた。
 「ほら、チ―坊。じゃなかった。つよし」
 そう言って、剛の手に五千円札を握らせた。
 M子は、思わず表情をくずす。
 「いけない、いけない。あなたを見ていると、つい弟を思いだして」
 「いるんだ、弟さん」
 M子は、笑顔でうなずいた。
 「きょうだいがいるって、いいよね」
 「何よ、あなたには、いないの」
 剛は返事をせず、じっとM子の眼をのぞきこんだ。
 羨ましい気持ちが、剛の眼にあらわれている。
 「弟、卓也っていうのよ」
 「いい名前ですね。チ―坊って、言うのは」
 剛が腕をくんだ。
 「何もそんなに真面目になることないでしょ」
 「小さい頃、呼びかわしたあだ名よ」
 「なるほど。卓也が、チ―坊か」
 「そんなに考えることないって、ほんと、生まじめなのね」
 「舌たらずでしょ。二歳くらいは」
 「男の子は女の子より、口をきくのが遅いものね」
 「そうそう」
 「大人になってからも、口では負けるよ」
 「その通り。わかってるじゃないの。我が弟も、いろいろ勉強してるようだね」
 M子は右手を剛の肩にのせて、ほほ笑む。
 「俺は、弟さんの代わりなんだ」
 うつむいて、ぼそっと言った。
 ふいに、M子が窓の外を見た。
 「あっ、あたし、この辺で降りなくっちゃ」
 「こんな大通りじゃ、あぶないよ。もっと近くまで、行ってもらったら」
 「歩いて、すぐだから」
 「こんなに遅いんだし」
 時計の針は、十二時をとっくにまわっていた。
 「そうね、剛がそう言うなら」
 「俺だって、心配だもの」
 「ほんとう。ほんとに心配してくれるの」
 「当り前さ」
 「うれしいっ」
 気心のかよった友が一晩のうちにできて、M子は喜んでいる。
 都会は他人の街だと、この十数年で、身にしみて分かった。
 職場の同僚の中には、M子の身を案じてくれる人が、ひとりやふたりはいるが、
本当に心の底からのものか、疑わしかった。
 人間関係がわずらわしい。
 出世欲、色恋沙汰等。
 利害がからむと、どうしても、腹を割って話すことができにくい。
 うわべだけの付き合いになりやすかった。
 「すみません、運転手さん。その四つ角を右に曲がってください」
 M子のマンションは、JR上野駅からそんなに離れていない。
 台東区内にある。
 「悪いね、出してもらってばかりで」
 剛は、遅い礼をのべた。
 「いいのよ。勝たせてもらったんだもの。今日は、じゃなくて、きのうは」
 「また、お願いします」
 剛は、店員らしい口をきいた。
 左奥に、五階建てのビルがうっすらと見える。
 月の光を受けているせいで、輪郭がはっきりしていた。
 タクシーが、玄関先で停まった。
 「それじゃ、付き合ってくれてありがとう、つよしくん」
 ドアの外から、M子が声をかけた。
 それじゃまたね、と言いかけて、
 剛は、あわてて口を押さえた。

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