姿川恋物語シリーズ

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ツヨシ 8−1

 先ほどから、剛は運賃メーターばかり見つめている。
 深夜料金が気になる。
 かちゃ、かちゃと音がするたびに、胸がどきっとした。
 運賃表示が四千円になった。
 「ここで降ろしてください」
 運転手に、きっぱりと告げた。
 「あれっ、こんな所でいいんですか。お茶ノ水は、まだ先ですよ」
 中年の男は、心配そうな顔を向けた。
 アパートは、まだ遠い。 
 実をいえば、剛は空腹なのだ。
 仕事を終えてから、食べ物を口にしていない。
 コンビニに立ちよって、おにぎりでも食べたかった。
 「ちょっと歩きたいんです」
 「そうですか、わかりました。気をつけて下さいよ。
街にはいろんなのがいますから」
 と、後部座席のドアを開けた。
 剛をひと眼見て、おのぼりさんだと分かったのだ。
 近頃は、田舎から東京に出稼ぎに来る人が多い。
 週末には、帰宅する。
 この運転手も、その一人らしい。
 お金を受け取ると、「くれぐれも用心して」と、念を押した。
 余計なお世話だ、と剛はちょっとカチンと来たが、
 「ありがとうございます」
 と、応じた。
 去って行くタクシーのテールランプを、じっと見つめている。
 道はまっすぐに続いていた。
 人の良さそうな運転手の車は、すぐにほかのタクシーにまぎれて、
見えなくなってしまった。
 両側には、ビルが建ちならんでいる。
 黒っぽく、汚れた空気がよどんでいた。
 歩道を歩いている人はいない。
 何か黒い物が、通りを横ぎって行く。
 猫が一匹、あとにつづいた。
 タクシーが急ブレーキをかける。
 あっ、あぶない。引かれるんじゃないぞ。
 剛は、猫に声援を送りたい気持ちになった。
 あれ、おれ、ちょっとおかしいぞ。
 ホームシックにかかったのかな。
 剛は、両のポケットに手を突っこんで、苦笑いを浮かべた。
 ポケットの中の千円札を、ぎゅっと握りしめた。
 うつむき加減で歩いて行く。
 すぐわきを何かが通りすぎて、風が巻きおこった。
 黒い上着をきた男が、自転車に乗って走り去って行く。
 あぶねえ、野郎だな。
 怒鳴りだしたい気分になった。
 あたりは、すぐに静けさをとりもどした。
 剛の靴音だけが響く。 
 ふいに、M子が店で渡したメモのことを思い出した。
 何が書いてあるか、おおよその見当はつく。
 今更読んでも仕方がない、と思うが・・・・・・。
 後ろのポケットに手をやり、汗のにじんだ白い紙を開いてみた。
 
 
 
 

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