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見える。 その11

 どきっとして、一夫の体がこわばり顔色が変わった。
 早苗を見つめたまま、凍りついたように立ちつくす。
 靴が海水に濡れるのもかまわず、早苗は近寄ってきた。
 「ずいぶん楽しそうですわね」
 口びるの端に薄笑いを浮かべる。
 「若い人はいいでしょ」
 一夫のまわりをゆっくり歩きながら、刺すような視線を浴びせた。
 「へええ、着せるものも、あたしと好みが違うようだし」
 「さっ、さなえ」
 早苗は立ちどまり、
 「何よ、何か言うことがあるの」
 と、感情を爆発させた。
 顔の筋肉がひきつり、まるで別人のような顔を形作っていた。
 早苗の両手がわなわなと震える。
 一夫は顔をゆがめて、
 「何を言っても信じないだろうが、・・・・・・」
 「ああ、そのとおりよ。なんと言いわけしても無駄よ」
 一夫は立っているのが辛くなり、その場にしゃがみこんだ。
 「よくもまあ、今まで。あたしをあざむいてくれたわね」
 肩からさげた小さめのバッグから封筒をとりだし、一夫に差しだした。
 「これは」
 と一夫は受け取り、入っていた紙っぺらを開いた。
 早苗の名前のわきに印鑑が押してある。
 「わかるでしょ」
 「離婚届か」
 早苗はそうよと答えて、バッグからタバコを一本とりだし口にくわえた。
 ライターの火を近づける。
 深く息を吸いこみ、ふううと吐きだした。
 「お前、たばこ吸うのか」
 「あたしの勝手でしょ」
 なんとかうまく行っている、と一夫はずっと思っていた。
 夫婦でも、所詮は他人同士か。
 一夫は長いため息を吐いた。
 「あなた、あたしのお荷物みたいだったし」
 「何だって、お荷物だって」
 「そうよ、何か文句ある」
 ぎろっと一夫をにらんだ。
 「家はいただくわね。今日中に荷物をまとめて出て行ってね」
 「今日中だと」
 封筒をつかんだ一夫の手が震える。
 「女を引っぱりこんだのよ、あなた。立派に離婚が成立するでしょ」
 「わかった。判ったから、ちょっと俺の話を聞いてくれるか」
 「判を押してくれる」
 「ああ」
 一夫は自分の身に起こったことを、包み隠さずに話した。
 早苗はふんと鼻先で笑い、
 「実家にいますから、早めに郵送してください」
 と、きびすをかえした。
 水に濡れたのか、お尻が冷たい。
 心まで凍りついたようだな、と一夫は自嘲気味に笑った。
 しぼんでいた風船がふくらむようにして、一夫は立ち上がった。
 これは俺の本意ではない。不可抗力だった。
 一夫の心の中から湧きあがってくるものがあった。
 「俺は、今でもお前のことが好きだあ」
 と、去って行く早苗の背中に叫んだ。
 早苗は両手で耳をふさいだ。
 「これもあなたの人生よ」
 いつの間に来ていたのか。
 セラヴィが、一夫の耳元でそっとささやいた。
 
 
 
 
 

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