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男女七歳にして、席を同じくせず。
女の方から男に対して、容易に口をきけない窮屈な時代だった。
同僚の視線も気になる。
M子は前を向いたまま、黙ってやり過ごそうとした。
二、三歩離れたところで、もう一度係長の声が聞こえた。
「仕事を終えてから、ちょっと会ってくれませんか」
機械の音にさえぎられて、ほとんど聞き取れない。
しかし、確かに男の肉声だ。
しぼりだしたような悲痛さがこめられ、M子の胸にビンビン響いた。
ひと眼見るだけだからと自分を納得させて、思いきってふり向く。
Bは真正面からM子を見ずに、横顔を向けていた。唇がふるえている。
上司の威厳をたもとうとしているのか、背筋をピンと伸ばし顎を引いていた。
きれいに髭をそって、青っぽくなっている口のまわりの肌が妙になまめかしい。
好感を持っていた男の必死の告白に、
M子はそれとなく頭をさげて、敬意をあらわした。
職場にもどり、糸にふれた。
隣にいたA子がそっと近寄り、「ねえ、ねえ」
と、耳もとによく動く口をよせてきた。
「何よ。うるさいわね」
M子は知らん顔をきめこむ。
案の定、気付かれたのだ。
「あの人、あんたに何ていったの」
人差指で肩をツンツンつついた。
それでもM子は素知らぬ表情をしている。
「ああ、あれ。何でもないわ」
仕方がないと応じた。
あらぬうわさを立てられるのは嫌だった。
M子は仕事の手を休まないでいる。
「食事にでもって、誘われたんじゃないの」
A子は口もとに薄笑いを浮かべて、言いつのる。
「機械に身体を巻きこまれないようにって」
A子をぐっとにらみつける。
「何よ。ぬけがけは許さないから」
悔しいとばかりに、A子は糸を持つ手に力をこめた。
ブチッと鈍い音がした。
ゴ―と大きな音がしたかと思うと、機械がとまった。
工場の中にベルが鳴り響いている。
ふたりが事務所に呼ばれた。
工場長が怒鳴っている間、M子は頭をさげていた。
ふいに尿意をもよおし、
「すみません、ちょっと」と、頭をあげた。
鼻の下に長い髭をしの字にあげた年輩の男は、
おほんと咳払いをすると顎をしゃくった。
M子は小さい頃から叱られるとおしっこがしたくなった。
五歳だったろうか。用を足して紙で股をふいた時、妙な感じになった。
ジンと頭がしびれたのだ。
それ以来、怒られるたびに便所に行った。
もう少し大きくなってからだったろう。
真夏に掛け布団をかぶらずに、母のそばで昼寝をしていた。
右手が無意識に股間に伸びていて、
生えはじめたばかりのヘアをこすっていた。
母親が気づいて、激怒した。
仁王様みたいな顔をして、M子の手をはたいた。
今は何でも知っているから、母が怒った理由もわかる。
鳩だって、犬だって、くっつくんだ、と胸を張っていえた。
自然なことだと理解するのに、長い時間がかかりはしたが・・・・・・。
就業のベルが鳴ると、M子の胸はどきどきしはじめた。
なんとか着がえを終えて、正門を出る。
同僚よりも遅く着がえをすました。
正門を通って行く。
足もとが地についていないようで、ふわふわしている。
上着が見えるわよ、と自転車に乗ったA子が素っ頓狂な声をかけて行った。
立ちどまってあたりを見まわすが、係長は見当たらない。
M子はほっとすると同時に、むしょうにさびしくなった。
門の前に道に沿ってイチョウの木が植えられていた。
「うっ、うん」
すぐそばの太い幹の陰で野太い声がした。
タバコの煙がただよっている。
M子は何気ない風をよそおって、その木に近づいた。
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蝶シリーズ
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