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姪の夫が気づいて、
「ほら、おばさんが何か言いたそうだよ」
右手をあげて、F子にうながした。
F子はあわててそばにかけより、
「どうしたの」
M子の手を両手でにぎりしめた。
失いかけた意識がようやくもどった。
M子はほっとため息をついた。
本当は、体調の良くないのをF子に訴えたかった。
でも、せっかく来てくれているのに。
遠慮が強く働いた。
残っている奥歯をぐっとかみあわせて、弱気をこらえる。
「いや、なんでもないんだ」
といって、手をふった。
あちこち車いすで動き回るのは、無理だったんだと思う。
かろうじて、ポンプの役割を果たしてくれている自分の心臓を
いとおしく感じた。
私は九十数年間、生かされてきたんだ。
小じわがいっぱいの目から、涙があふれてこぼれそうになる。
「泣いてるの、おばさん」
F子に気づかれて、
「うれしくってさ」
と、苦しいウソをついた。
息苦しくてどうしようもないというほどではないが、その一歩手前であった。
人様にあまり迷惑をかけたくない。
たとえ親戚であってもだ。
それがM子の信条だった。
施設でも、ずっとアネゴ肌でとおしてきた。
年下の面倒をよくみてきたおかげで、みんなに慕われた。
一方、目上の者にも一目おかれた。
自分が間違っていないと思えば、どんな偉い人とでも毅然として話をした。
若い頃から、M子は気持ちが強かった。
紡績工場の上司と恋愛結婚した。
当時としてはめずらしく、まわりの同僚たちにうらやましがられた。
でも、幸せは長くはつづかなった。
言いたいことをずけずけいうM子は、義理の母や女きょうだいと
うまくいかず、娘をふたりを嫁ぎ先に残したまま、実家にもどった。
五年足らずの夫婦生活であった。
M子は、今さっき自分の窮状に気づいてくれた、姪の夫に感謝していた。
昼間でも仕事の都合がつくのか、よく施設に足を運んでくれた。
三十数年間ずっとだ。
まるで自分の息子のようであった。
彼の実家は遠い。
俺は箱根の山を越えて来たんだ、と言ったものだ。
実の親にはなかなか会えない。
その分、お年寄りに親切にしているらしい。
少し足が遠のくと、M子は、
「あたしの彼氏、近頃見えないわ」
と、若い介護人を笑わせた。
あれやこれやと、昔の記憶が脳裏に浮かんでは消えていく。
お迎えが近いことを、M子は悟っていた。
姪の家族三人にも、今は、それを知られたくない。
みんなが帰るまでは、と必死で隠しとおそうとした。
不整脈がひんぱんに起きるのか、時折息切れがひどくなる。
真夏にもこんなふうになったことがある。
その時は、もう駄目かな、とベッドの上で両手を合わせた。
そのことは、姪の夫に話してある。
今は、その時よりずっとひどい。
ひとりふたりと、広場から人が去って行く。
ああ、またひとりだ。
ひょっとして、今晩、旅立つ・・・・・・。
M子は、言い知れぬ寂しさを感じた。
「F子も、もう帰らないとね」
心とは裏腹な言葉を吐く自分がうらめしい。
「今日は、どうもありがとう」
これが最後の挨拶とばかりに、大きく口を開けていうと、
M子は顔じゅうしわだらけにして笑った。
了
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内に秘めること辛いですがこれも性格ですね。
最後は目頭熱くなりました、少し重ねたわが人生の生き方に、☆
ありがとうございます。
2012/5/19(土) 午後 7:45 [ kotuko ]
お返事おそくなり、すみません。
読んでくださってありがとうございました。
2012/5/20(日) 午前 1:53 [ けっさん ]
歳をとって、自分の身体の衰えを感じながら、あの世に逝く手前までの心理を、とても上手に書かれていますね。
短いのが、余韻があって、いいです。ポチ。
2012/5/23(水) 午後 4:54
こんばんは、imokoさん。
ほめてもらえて嬉しいです。また、がんばります。
2012/5/23(水) 午後 6:16 [ けっさん ]