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鈴木は美樹の股間を右手でぐっとにぎりしめ、
「おめえさん、こんないいもの、持っていなさる」
思いきり、どすをきかして言った。
だが、目はとてもやさしい。
手でもてあそぶようにしている。
本気でにぎりつぶす気はないようだ。
美樹は、つかの間、鈴木の不意打ちにうろたえた。
しかし、美樹も美樹だ。
男だてらに女の姿をまねるにも、それなりの哲学がある。
ここがいくさ場と性根をすえた。
「人生いろいろよっ」
甲高い声で言い放った。
「あんただって、人様のすることに、なんのかんのと言えた義理じゃないよね」
と、反撃にでた。
毅然とした面構えで、すっと背筋を伸ばした。
両手で髪を上から下になでつけている。
飾りの付いた器具のはじを口にくわえてひろげると、
じょうずに頭の後ろで髪をとめた。
その仕草が気に入ったのか、鈴木はぼんやり眺めている。
「いやはや、大したきっぷの良さで」
鈴木は硬い表情を一気にくずした。
「見てのとおり、人様に後ろ指をさされてます」
と、手を頭の上にのせた。
「そりゃ、あたしだって悪いわよ。いろいろとおねだりしちゃったからね」
「いえいえ、ねえさん。もういいんですよ」
「いいことないでしょ」
「遠い目でこれは美人だ、と一度は思いましたよ、でも」
「でも、なに」
「すぐにわかりましたよ、何さまだって」
「あら、そうだったんだ、残念」
「俺はガキの頃に、ちょっとイタズラが過ぎましてね」
「なんかトラウマでも」
「ええ。幼い子供が何も分からずにすることに、大人がむやみに騒ぎまして」
「うんうん、あたしにも覚えがあるわ」
「それがもとで、大きくなっても、女にはなかなか近寄れずにいたんで」
「まあ、聞いてみれば可哀そうなこと」
鈴木の目から涙がこぼれている。
右手の襟で涙をぬぐうと、
「もういっぺん、あんたに惚れなおしましたぜ、あっし」
鈴木は美樹の左手首をつかんだ。
「惚れるって、どういうことなの。あたしの正体がわかったでしょ」
「それでもいいんでさ」
右手で美樹の体をひきよせ、無理やりキスをしようとした。
美樹はだめだ、と鈴木のあごを手でつっぱなした。
後ろから軽トラックが追いついて来た。
運転席で、年輩の男の人が、顔をしかめて右手をふっている。
鈴木はエンジンをかけた。
車がゆっくりと動きだした。
「真田のお屋敷跡を見ながら、散歩でもしましょ」
鈴木が照れながら言うと、美樹は
「兄に連絡するけど、いい」
と、鈴木の顔を見て、笑った。
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