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K進学塾の中二英語の授業が終わった。
開いたドアから、ほっとした表情で、
つぎつぎに生徒がでてきた。
ドアから出るなり、やせぎすのS子は、
小ぶとりのM子の手をとった。
M子の方がずっと体が大きい。
M子は急にうつむき、それまでとは表情が変わった。
明るさが消え失せている。
S子は目をほそめて、にこりと笑った。
いっしょに、ゆっくり階段をくだる。
中ほどまで降りた。
ふいにM子が階段をあがろうとした。
階段の上にF先生が立たれていた。
「どうした、忘れ物か」
優しく訊かれた。
言いたいことが喉でひっかかったまま、
M子は首をゆっくりとふった。
「先生、おトイレ借ります」
と、S子は言った。
「おう、どうぞ、どうぞ」
先生が下りはじめると、階段がきしんだ。
ふたりは足早に階段をおりた。
S子は、M子の左手を、両手でしっかりとつかんだまま、
角を曲がった。
「こっちへ来い」
S子の口調が、がらりと変わった。
M子は立ちどまったまま、動かない。
声は出さないが、抵抗している。
M子が本気をだせば、力ではS子は負ける。
S子は、M子をきっとにらみつけた。
気力で負けたM子は、急にしょんぼりした。
一階のすみにあるトイレの前まで、連れて行かれた。
廊下の角を曲がらなければ、誰も彼らがいることに気づかない。
やせっぽのS子が、太っちょのM子の胸ぐらをつかんで、
壁に押しつけた。
「M子。おまえ、どうして授業中、先生を見てあんな顔したんだ」
声を低くして、すごんだ。
「あ、あんな顔って」
M子のくちびるが震えた。
「しらばくれたってな、分かるんだぜ」
M子はがっくりと首を垂れた。
「あんな目つきをして、先公を見たら、どうなる、ええっ」
「ご、ごめん」
「すぐに、M子、お前どうしたんだ、ってことになるだろ」
S子の手下がふたりやって来た。
「A子、ドアを開けろ、フルコースのお仕置きだ」
M子はその場にしゃがみこみ。
「やめて、お願いだから。何でも言うことをきくから」
ほとんど泣き声になっている。
手下のふたりが、M子の大きな体を、
トイレの中に引きずり込もうとしている。
M子の腰が浮いた。
S子は左手に鉛筆をもっている。
先がとがっていた。
ほらよ、と言って、M子の尻に思いきり突き立てた。
悲鳴をあげそうになったM子の口を、
わきにいたB子がおさえた。
M子のスカートをまくりあげ、ショーツをさげると、
洋式便器にすわらせた。
刺されてできた傷口から血がふきだしている。
S子が紙巻きタバコを口にくわえた。
A子がライターに火をつけ、タバコの先にもって行った。
すううと息を吸い込むと、A子はゆっくりと吐きだした。
「熱いだろうなあ」
M子は手下に両手の自由を奪われている。
S子がむきだしになったM子の真っ白な尻に、
火のついたタバコを押しつけた。
ふさがれているので、口は訊けない。
M子の大きく開いた目が熱さを訴えていた。
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日は西に傾き、黄昏がせまっている。
雁がくの字をつくり、軽井沢の空へ飛んで行く。
川の水が冷たかったのか、美樹がガタガタ震えだした。
アルプスの雪が解けて、山野をくだってきたのだ。
くちびるが色を失っている。
着替えはなかった。
竜夫が鈴木の目をのぞきこんだ。
「あっしの家、もうすぐですんで。五分とかかりません」
鈴木がすばやく応じた。
「そうですか。なんだか悪いですね」
美樹を助けてもらってから、竜夫は鈴木を見直していた。
言葉づかいにも、それが現われている。
美樹はずぶぬれになった上着を脱ぎ、土手の上をうかがうと、
すばやく真っ赤なブラをはずした。
ひとつ残っていたゴムまりが、はずみで川面に転げ落ちた。
ぷかぷかと流れていく。
「ちえっ、あんなの、また買えばいいや」
美樹のつぶやきを耳にした竜夫が、
「ばっきゃろう。もういい加減にしろっ」
と言って、頭をこづいた。
「あにさん、暴力はいけませんや」
鈴木が仁王立ちになって、美樹をかばった。
真剣な表情で、竜夫をにらんでいる。
「命がやっと助かったんですぜ」
きっぱりと言った。
「ああ、悪かったよ」
竜夫は、鈴木の熱意に負けたというように軽く頭をさげ、
「さあ、これでふけ」
と、手に持った一枚の白いタオルをわたした。
「これじゃ、風邪をひいてしまう。急ぎましょう」
鈴木は真剣な表情で竜夫に言うと、
「さあ」と言って、美樹の前で腰をかがめた。
いったい、女っぽい男の美樹のどこが良くって、
これほどの情けをかけるのか。
竜夫は、鈴木の真意がわからないでいる。
そんじょそこらの軽々しい男女の関係より、
余程しっかりしているな、と竜夫は思った。
「しっかりつかっまっているんですぜ」
重くてずり落ちそうになる美樹の体を、
時折、「よいしょ」と声をかけては、上にあげる。
美樹もまんざらではないらしい。
うっとりした目をしている。
両手を鈴木の首にまわして、「うんうん」と答えた。
ようやく土手の傾斜をのぼりおえた。
竜夫がスポーツカーの後部座席のドアを開けて、待っていた。
美樹を座席に横たえると、鈴木は、ちょっとすみません、
と言って、竜夫から携帯を借りた。
しばらくこちらの方言らしい言葉で、誰かと話していたが、
「さあ、急ぎましょう。あたたかいものでも食べましょうや」
と、にっこり笑って、携帯を竜夫に返した。
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上空からヘリに乗ったような気持ちで、らせん状にゆっくりと降下する。
山々に囲まれた狭い土地に、人々がひっそりと息づいているのがよくわかる。
右手に見える浅間の山は、なんといっても迫力がある。
有史以来何度も噴火をくり返してきた。
多くの犠牲者をだしながらも、人々は山を神とあがめて、
したたかに暮らしてきている。
「ちっとやそっとじゃ、根をあげねえぞ」
周辺の人々の気骨が、木霊となって聞こえて来るようだ。
一筋の川が見えてきた。
視線をぐっと近づけてみる。
千曲川に沿って、赤いスポーツカーが南に下っている。
その後を二人乗りのバイクが追う。
ちょっととぼけた野郎どもが、道行きを楽しんでいるのだ。
道沿いの広くなった所で、車が停まった。
続いてバイクも。
「どうです。良いところでしょう」
鈴木が車のドアをあけながら、竜夫に声をかけた。
竜夫はヘルの風防をあげて、
「いや、まったく。壮観ですね」
美樹はヘルを脱ぐと、うきうきした足取りで土手をおりはじめた。
「まあ、きれいなお水」
独り言を大きな声で言い、ジーンズを膝までまくって、ざぶりと水に入った。
両手で水をすくって、顔をあらっている。
「おい、きたねえんじゃねえか」
土手の上から竜夫が大声をあげた。
「だいじょうぶよう。ほら、こんなにお魚が」
急に、美樹が態勢をくずした。
バチャン。
深みに足をすべらせたようである。
重機が掘ったせいで、川底がでこぼこしている。
美樹は泳げない。根っからの金づちだ。
子供の時から、尻ごみして水辺には近寄らなかった。
一度は頭が見えなくなった。
しかし、すぐに浮き上がってきた。
両手を水面のうえに上げるのが、やっとのようだ。
声もあげない。
かなり水を飲みこんだらしい。
竜夫よりはやく、鈴木がとびだした。
たったとかけおりると、急流をものともせずに飛びこんだ。
美樹を背中から抱きかかえると、ゆっくりと浅瀬に向かって泳いでくる。
竜夫が待っていた。
ふたりで砂地にひっぱりあげたが、美樹はぐったりしている。
鈴木は美樹の口を開けると、空気をふきこんだ。
腹にまたがり、両手を重ねて胸を押しはじめた。
鈴木は口をへの字にまげ、一言も発さない。
一連の人口呼吸を続ける。
ふいに美樹がせきこみ、水をびゅっと吐いた。
「もう、でえじょうぶでさあ」
鈴木が竜夫を見つめて、頭をさげた。
鈴木の顔はずぶぬれだ。
水だか、涙だか分からないが、目にはいっぱいたまっている。
「あっ、あんちゃん」
「良かったな。鈴木さんのおかげだぜ」
化粧の落ちた美樹の素顔は、見られたものではなかったが、
鈴木は竜夫が見ているのもかまわず、美樹の体を両手でしっかり抱きしめた。
竜夫はふふっと苦笑いすると、くるりと背中を向けた。
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鈴木は美樹の股間を右手でぐっとにぎりしめ、
「おめえさん、こんないいもの、持っていなさる」
思いきり、どすをきかして言った。
だが、目はとてもやさしい。
手でもてあそぶようにしている。
本気でにぎりつぶす気はないようだ。
美樹は、つかの間、鈴木の不意打ちにうろたえた。
しかし、美樹も美樹だ。
男だてらに女の姿をまねるにも、それなりの哲学がある。
ここがいくさ場と性根をすえた。
「人生いろいろよっ」
甲高い声で言い放った。
「あんただって、人様のすることに、なんのかんのと言えた義理じゃないよね」
と、反撃にでた。
毅然とした面構えで、すっと背筋を伸ばした。
両手で髪を上から下になでつけている。
飾りの付いた器具のはじを口にくわえてひろげると、
じょうずに頭の後ろで髪をとめた。
その仕草が気に入ったのか、鈴木はぼんやり眺めている。
「いやはや、大したきっぷの良さで」
鈴木は硬い表情を一気にくずした。
「見てのとおり、人様に後ろ指をさされてます」
と、手を頭の上にのせた。
「そりゃ、あたしだって悪いわよ。いろいろとおねだりしちゃったからね」
「いえいえ、ねえさん。もういいんですよ」
「いいことないでしょ」
「遠い目でこれは美人だ、と一度は思いましたよ、でも」
「でも、なに」
「すぐにわかりましたよ、何さまだって」
「あら、そうだったんだ、残念」
「俺はガキの頃に、ちょっとイタズラが過ぎましてね」
「なんかトラウマでも」
「ええ。幼い子供が何も分からずにすることに、大人がむやみに騒ぎまして」
「うんうん、あたしにも覚えがあるわ」
「それがもとで、大きくなっても、女にはなかなか近寄れずにいたんで」
「まあ、聞いてみれば可哀そうなこと」
鈴木の目から涙がこぼれている。
右手の襟で涙をぬぐうと、
「もういっぺん、あんたに惚れなおしましたぜ、あっし」
鈴木は美樹の左手首をつかんだ。
「惚れるって、どういうことなの。あたしの正体がわかったでしょ」
「それでもいいんでさ」
右手で美樹の体をひきよせ、無理やりキスをしようとした。
美樹はだめだ、と鈴木のあごを手でつっぱなした。
後ろから軽トラックが追いついて来た。
運転席で、年輩の男の人が、顔をしかめて右手をふっている。
鈴木はエンジンをかけた。
車がゆっくりと動きだした。
「真田のお屋敷跡を見ながら、散歩でもしましょ」
鈴木が照れながら言うと、美樹は
「兄に連絡するけど、いい」
と、鈴木の顔を見て、笑った。
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ゆるやかな坂道になっていた。
男はアクセルを踏みっぱなしである。
車はぐんぐん加速して行き、すぐにスピードメーターが100を指した。
異変を知って、竜夫はすぐに追いかけたが、
容易に追いつくことができない。
どんどん引き離されていった。
美樹はまるでジェットコースターに乗っている気分だった。
一番高いところからくだって行くようで、胸が圧迫される感じがする。
とても息苦しい。
兄の背中につかまって、バイクに乗っているのとは全然違う。
男は前を向いたまま、一言も話さない。
この人、ひょっとして、・・・・・・おかしい。
言いようのない恐怖がわいてくる。
美樹は、なんとかして男を落ち着かそうとした。
「このままじゃ、すぐに白バイにつかまるから」
男は、何の反応も示さない。
美樹は話し方を変えてみた。
「あんた、ほんとにあたしと付き合いたいの」
なんとかして笑顔を作ろうとしたが、途中で顔の筋肉が
ひきつり、泣き顔になった。
それでも、男は無表情をくずさない。
美樹は男の右手にふれてみた。
ぶるっと手が動いた。
よしっとばかりに、次の行動をおこす。
手をぐっとつかむと、ひえっと小さく叫んだ。
とたんに、がくんとスピードが落ちた。
美樹は、思い切って上体を男に持たせかけた。
右手を男の背中にまわす。
ハンドルを持つ男の手が震えている。
「ねえ、あの角を左に曲がって」
車はかなり減速している。
「どうしたんだい」
「トイレに行きたいの」
男は目をつりあげて、
「どうせ、逃げるんだろ」
ぐっと美樹をにらんだ。
「あたしが好きなら、言うこときいてよ」
これ以上ない、やわらかな言葉を耳もとでささやいた。
車が左に曲がった途端、美樹は男から体を離した。
ふううと長いため息をついた。
標識に真田の里とあった。
真田真之や幸村が生まれ育った地である。
なだらかな坂道になっている。
道幅が狭く、ようやく対向車が通れるくらいだ。
道の両側には畑が続いている。
年輩の男の人が仕事の手を休め、こちらを見ている。
赤いスポーツカーがめずらしいのだろう。
黄色やピンクや白い花が目を楽しませてくれる。
菜の花、桃、りんご。
美樹は知っている木の名前を脳裏に浮かべた。
「ねえ、きれいな所ね」
自然と口からでた。
美樹は、男の左手に両手をからませている。
「もう自分をいつわるのはやめな」
男がぽつんと言った。
「ええっ、今何て言ったの」
「あんた、男なんだろ。俺は鈴木喜八郎っていうんだ」
ふいに車が道の真ん中でとまった。
美樹は、男の顔を正面から見つめている。
なんと答えたらいのか、とっさに思い浮かばなかった。
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