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玄関前の広場の真ん中にステージが設けられている。
そこで歌や踊りが行われる。
それを囲むようにして、大きなテントがいくつも張られていた。
行事がとどこおりなくすすみ、あとはフリ―タイムになった。
「可愛いお人形がほしいの」
と、M子は日曜雑貨の販売コーナーに車椅子をすすめる。
店頭はにぎわっていた。
祭日とあって、子供が来ていた。
あれやこれやと手にとっては、じっと見つめる子が多い。
M子は長すぎる車椅子を器用に操りながら、子供たちの中にまじった。
五、六歳の女の子が手に取っている縫いぐるみの人形に、M子の目がとまった。
買うか買うまいか、迷っている様子である。
陳列場所に、その子がポンと投げもどしたとたん、M子の手がのびた。
人形をぐっとつかむと、胸元に隠した。
「あたしのだよ、誰にもあげない」
きつい目で、その女の子をにらみつけた。
目を丸くしたまま、その子のくちびるが震えている。
「ほらほら、おばさん。もういいでしょ、買えたんだからね」
F子がさとすようにいった。
「うんっ」と幼児のような顔をすると、にっこり笑った。
「おじょうちゃん、ごめんね。おどかして」
F子が小さな頭をなでた。
「きゃあ」
突然、近くで女の悲鳴があがった。
施設の玄関まで、ゆるやかなスロープになっている。
そこを車椅子に乗ったおばあさんが、かけおりてきたのだ。
ブレーキがうまくかけられなかったらしい。
「おおっ」と若い男の声がして、屈強な二本の腕が行く手をはばんだ。
M子はちらと見ただけで、その出来ごとにはあまり関心を示さなかった。
物事が、現実か夢かの区別がつきにくくなっている。
それはM子自身にも、うっすらとわかっていた。
M子の脳裏には、今は幼い頃の生活が浮かんでいる。
家の裏手にある土手をひとりで歩いている。
時折リヤカーがとおる草だらけの道である。
綿や着物のはぎれで作った人形を背負っている。
母親の心がこもった品だ。
「ちょうちょ、ちょうちょ。菜の葉にとまあれ。
菜の葉にあいたら、この手にとまれ」
口を大きく開けて、歌っている。
ふいに歌うのをやめた。
お母さんが赤ん坊をあやすように、
「ほらほら、泣くんじゃありません」と、小さな体を上下にゆすった。
右手でポンポン背中の人形をたたく。
丸太のような物を踏んだら、ギュッと音がした。
何かが足もとに巻きついた。
驚いて、えんえん泣いていると、野良仕事をしていた父がかけてきた。
「どうした、マー坊」
「足が痛いの」
青大将が巻きつき、かま首をもたげている。
「このやろめっ」
父は首根っこをぐっとつかむと、ぐるぐると巻きもどし、
「それっ」と川のふちにほうり投げた。
「おっかなかったろ」
「うん」
わああっと父の脚にすがりついた。
「おとっつあん、どうして殺さなかったのよう。あんなわるい奴」
「ばか言え。何だって、ただ生きてるんじゃねえぞ」
幼いM子は訳がわからない。
だまって父の話を聞いている。
「ちょうちょだって、ヘビだってな。前は人間だったかもしんねえんだぞ」
「じゃあ、マーちゃんが死んだら、何になるの」
「それはな、マー坊が一番好きなものになるんだ」
「うん、わかった」
M子は、ちょうちょを追いかけながら、家路についた。
M子の目がしらに涙がにじんでいる。
「どうしたの、おばさん。何が悲しいの」
F子がやさしく問いかける。
ふふっと口もとに笑みを浮かべて、M子は、
「ううん、何でもない」と応じた。
しっかりした大人の表情にもどっていた。
「おばさん、はい、どうぞ」
F子の息子のGがコーヒーを買って来た。
「あれえ、これ前から飲みたかったんだよ」と、喜んだ。
一口すすり、「こりゃあ、うまいや」と、舌を打った。
小春日和だった。
胸元がひろくあいた薄手の上着を、M子は身に付けていた。
若い時は豊かだった胸の谷間が見える。
紅潮した肌が、M子の血圧が高くなっていることを表していた。
「おばさん、本当に久しぶりですね」
F子の息子、Gが声をかけた。
「ほんと、Gちゃん、大きくなって」
「二十年くらい会わなかったわね」と、F子が口をはさんだ。
M子の顔の筋肉が大きくゆるむ。
生きていれば、あたしの孫も・・・・・・。
Gの顔が、三十年間便りの途絶えている次女の息子の顔に重なった。
「娘に会いてえな」
M子が、ぽろっと本音をもらした。
初めてだった。M子がこんなことを言うのは・・・・・・。
F子は、わきにいた夫と顔を見合わせた。
ふいに意識が遠くなるように感じて、M子はF子に手をさしのべた。
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M子はわざとひとつ向こうのイチョウの木まで歩いた。
葉の色を濃くしている木々が人の姿を見えにくくしている。
あたりをうかがうようにすると、M子はさっと木陰に身をひそめた。
工場を囲んでいる高い壁に背中をくっつけてかがみこんだ。
「よく来てくれたね」
Bがすぐにそばに寄って、わきにすわりこんだ。
ぷんとタバコが匂ったが、くわえてはいない。
「な、なにかあたしにご用ですか」
地面を見つめながら、緊張した面持ちでいった。
「いやね、転勤してきたばかりで、この街に不慣れなんで」
「そうでしょうね」
しばらく、ふたりは黙ったままだった。
「あたし、もう行かなくちゃ」
M子が切りだした。
「い、いちど、この街を案内してくれないかな」
「私が、ですか。それでしたら、ほかにどなたでもおられるでしょうに」
コツコツと足音が聞こえてきた。
年輩の紳士がステッキを持って通りすぎていく。
話声が聞こえたのか、ちらっと木影をのぞいた。
ふたりそろって、下を向いた。
何も話しかけられませんように、とM子は心の中で祈った。
紳士はふふっと笑みを浮かべると、さっさと歩きだした。
Bは、上気した顔をM子にむけて、
「良かったなあ」といい、ふううとため息をついた。
「ええ、ほんとに。良かったですわ」
Bの本心からでた言葉に感動して、M子は答えた。
互いの脚がふれあっている。
「あっ、ごめんなさい」
M子はあわてて、身をちじめるようにした。
「君はかわいいね」
と言いながら、Bは自分の手を、M子の手にかさねた。
あっと小さく声をあげ、M子は手を引っこめようとした。
Bはぐっとつかんで放さないでいる。
M子の背中に右手をまわし、ぐっと引きよせた。
意外な展開にM子の心は揺れ動いている。
Bの熱い吐息が肩にかかった。
M子は目をつぶって耐えていたが、「もうだめ」と叫んで、立ちあがった。
BはうらめしそうにM子を見あげている。
もう一度、M子はしゃがみこむと、
「こんな所じゃ、これ以上は無理でしょ」と、Bの耳もとでささやいた。
Bはわかったといった表情で立ちあがり、枝に手をのばした。
扇形をした葉っぱを一枚つみとり、M子の手ににぎらせた。
夕暮れがせまっていた。
一羽のアゲハ蝶が道の向こうから飛んでくるのが見えた。
何を勘違いしたのか、M子が手にしたイチョウの葉にとまった。
「どうしたんだろうね、このアゲハ」
Bが首をかしげた。
M子がBの手をとり、にっこり笑った時、あたりの景色が急にゆらめきだした。
アンテナを失くしたテレビ画像のように色を失くしていく。
「M子さん、М子さあん」
若い介護人、S子の甲高い声が遠くで聞こえる。
M子は、まるで自分の体が湖の底から浮き上がって行くように感じた。
ぶわっと水面にでた。
目を開けると、S子の顔がすぐ近くにあった。
M子の手を両手で握りしめ、目に涙を浮かべている。
「どうしたのよう」
S子は叫ぶように言う。
「なにが、・・・・・・」
M子は、目をきょろきょろ動かした。
「なにがって。いくら呼んでも起きないから、お医者様に診てもらっていたのよ」
「そうなんだ」
M子はにっこり笑う。
「そうなんだじゃないでしょ、・・・・・・」
白い服を着た中年男がM子の顔をのぞきこんで、
「ああ、もう大丈夫です」といって、微笑んだ。
「おばさん、良かったわね」
いつの間に来ていたのだろう。
姪が家族二人とともに部屋にいる。
医師が、姪の肩をポンとたたいて、歩きだした。
部屋の出入り口で手招きしている。
姪のF子は急いであとを追った。
廊下のソファにふたりで腰かけた。
「だいぶ心臓が弱っておられるようです」
眼鏡を指で上にあげるようにしながら、医師は
F子の耳もとで小さな声で言った。
「今日のイヴェントに出ても大丈夫でしょうか」
泣きだしそうな顔を、F子は医師に向けた。
「それはオーケーです。でも無理は禁物ですよ」
「わかりました。ありがとうございます」
F子は何事もないような素振りで、
「さあ、おばさん。お祭りが始まるわよ」
と、元気良く呼びかけた。
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男女七歳にして、席を同じくせず。
女の方から男に対して、容易に口をきけない窮屈な時代だった。
同僚の視線も気になる。
M子は前を向いたまま、黙ってやり過ごそうとした。
二、三歩離れたところで、もう一度係長の声が聞こえた。
「仕事を終えてから、ちょっと会ってくれませんか」
機械の音にさえぎられて、ほとんど聞き取れない。
しかし、確かに男の肉声だ。
しぼりだしたような悲痛さがこめられ、M子の胸にビンビン響いた。
ひと眼見るだけだからと自分を納得させて、思いきってふり向く。
Bは真正面からM子を見ずに、横顔を向けていた。唇がふるえている。
上司の威厳をたもとうとしているのか、背筋をピンと伸ばし顎を引いていた。
きれいに髭をそって、青っぽくなっている口のまわりの肌が妙になまめかしい。
好感を持っていた男の必死の告白に、
M子はそれとなく頭をさげて、敬意をあらわした。
職場にもどり、糸にふれた。
隣にいたA子がそっと近寄り、「ねえ、ねえ」
と、耳もとによく動く口をよせてきた。
「何よ。うるさいわね」
M子は知らん顔をきめこむ。
案の定、気付かれたのだ。
「あの人、あんたに何ていったの」
人差指で肩をツンツンつついた。
それでもM子は素知らぬ表情をしている。
「ああ、あれ。何でもないわ」
仕方がないと応じた。
あらぬうわさを立てられるのは嫌だった。
M子は仕事の手を休まないでいる。
「食事にでもって、誘われたんじゃないの」
A子は口もとに薄笑いを浮かべて、言いつのる。
「機械に身体を巻きこまれないようにって」
A子をぐっとにらみつける。
「何よ。ぬけがけは許さないから」
悔しいとばかりに、A子は糸を持つ手に力をこめた。
ブチッと鈍い音がした。
ゴ―と大きな音がしたかと思うと、機械がとまった。
工場の中にベルが鳴り響いている。
ふたりが事務所に呼ばれた。
工場長が怒鳴っている間、M子は頭をさげていた。
ふいに尿意をもよおし、
「すみません、ちょっと」と、頭をあげた。
鼻の下に長い髭をしの字にあげた年輩の男は、
おほんと咳払いをすると顎をしゃくった。
M子は小さい頃から叱られるとおしっこがしたくなった。
五歳だったろうか。用を足して紙で股をふいた時、妙な感じになった。
ジンと頭がしびれたのだ。
それ以来、怒られるたびに便所に行った。
もう少し大きくなってからだったろう。
真夏に掛け布団をかぶらずに、母のそばで昼寝をしていた。
右手が無意識に股間に伸びていて、
生えはじめたばかりのヘアをこすっていた。
母親が気づいて、激怒した。
仁王様みたいな顔をして、M子の手をはたいた。
今は何でも知っているから、母が怒った理由もわかる。
鳩だって、犬だって、くっつくんだ、と胸を張っていえた。
自然なことだと理解するのに、長い時間がかかりはしたが・・・・・・。
就業のベルが鳴ると、M子の胸はどきどきしはじめた。
なんとか着がえを終えて、正門を出る。
同僚よりも遅く着がえをすました。
正門を通って行く。
足もとが地についていないようで、ふわふわしている。
上着が見えるわよ、と自転車に乗ったA子が素っ頓狂な声をかけて行った。
立ちどまってあたりを見まわすが、係長は見当たらない。
M子はほっとすると同時に、むしょうにさびしくなった。
門の前に道に沿ってイチョウの木が植えられていた。
「うっ、うん」
すぐそばの太い幹の陰で野太い声がした。
タバコの煙がただよっている。
M子は何気ない風をよそおって、その木に近づいた。
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あまり胃腸の動きが芳しくないので、腹半分にして席を立った。
「はい、ごちそうさま」
「あら、今日はいっぱい残ってるわね」
食事係の若い職員がほほ笑みながらいう。
「ちょっとね、運動不足のせいでお腹がすかないのよ」
M子はわき腹をポンとはたいて、
「ほら、歯だってこのとおり」
と、大きく口を開けてみせた。
「あら、いやだ」
専門学校をこの春卒業して、ここに就職した子だ。
笑うと娘に似る。この子、ひょっとしたら自分の娘なんじゃないか、
と本気で思ってしまう。
むろん、そんなはずはないのだが、そう思えるだけでM子は幸せだった。
「上半身だけでも、こうやったら」
A子と名のる娘は、自分の両腕を大きくふりまわした。
車椅子をひとりで動かして、部屋にもどる。
タイヤがへこみ加減で、その分、余計に力がいる。
おかげで両肩に筋肉がついた。
ふいに車が軽くなり、ふり向くとA子が笑った。
イヴェントは十時からだ。まだ間がある。
夕べあまり眠れなかったので、一休みすることにした。
ふとんをかけると体が暖まったのか、M子はすぐに眠ることができた。
娘たちのきゃあきゃあ騒ぐ声が、遠くで聞こえる・・・・・・。
あれ、おかしいな、一体ここはどこだろう。
M子はいぶかしんだ。
誰の声だろう。女のわりに低い。聞いたことがある。
偉そうに、いばりくさっているわ。
望遠レンズで見るように、M子の目が近寄って行く。
ガチャン、ガチャンと機械が規則正しく動いている。
白い繊維が一本の糸に丸められていく。
紡績工場の中のようだ。
休憩室の中では、五、六人の若い女たちがおしゃべりを楽しんでいる。
視線を注意深く走らせる。
ひとりひとりの顔が見えるまでになった。
紺の制服に見覚えがある。
昔、昔のファッションだな、とおかしくなった。
真ん中にいる女性に目がとまって、M子はあっと思った。
若き日のM子本人がいたのだ。
これは夢なんだ、とはっきりわかっているのだが、妙に現実味がある。
今の施設での生活より、ずっと生き生きとして楽しそうだ。
いられるだけ長く、この世界にいようと思った。
椅子にすわって、煎餅をかじってはお茶を飲んでいる。
あの男はこうだのああだの、と一緒に働いている異性の品定めに興じている。
「ねえ、今度入ったあの人、どう思う」
「だれ、だれ」
「ほら、係長のBさんよ」
「素敵なんじゃないの。背が高くて、無口でさ」
「あの人、まだ独り身なのかしら」
「どうだかね。三十に届くかどうかだろうけど」
「あんた、聞いてみれば」
「あたしが、そうね。それもいいわね」
「ほんとに訊く気なの」
「えへへっ」
「早いもの勝ちってこともあるしね」
どっと笑いが起こった。
「うるさいわね、もう時間よ。さあ、立ち上がって」
休憩室の隅にぽつんとひとりでいた、年輩の女がにらみをきかした。
女たちの班のリーダーである。
しょうがないわといった表情で、ひとりひとり立ち上がって工場に入って行く。
繊維くずがタンポポの綿毛みたいにふわふわと浮かんでいる。
機械は止まることはないから、交代で休憩を取っているのだ。
さっき話題にのぼった係長のわきをM子がとおる。
苦み走った顔がM子の方を向いた。
「あのお・・・・・・」
彼が口を訊いた。
M子の胸が、きゅんとしめつけられた。
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空調機械のリズミカルな音がやむと、部屋が静かになった。
この頃秋が深まったせいか、M子は日が暮れるのを早く感じる。
一年を通じてこの季節がいちばんいやだ。
深夜ともなると、冷えた外気が建物の壁を圧迫するようで、
部屋がきゅっとちじんだように思える。
四台のベッドはすべてふさがっている。
M子は今年九十歳をこえたが、歳のわりに気力が充実している。
立ってあるく事は出来ないが、横たわったまま車椅子で出歩くことができた。
あとの三人は、ほとんど口をきかない。
時折ああとかうう、とか言える程度で、
身のまわりをすべて介護人の世話になっている。
だれもいないよりはずっとましだが、やりきれなかった。
時刻は午前一時をまわっている。
M子は興奮しているせいで、なかなか寝つけなかった。
今日は夜が明ければ、嬉しいことがひとつあった。
しばらく目を開けたままで、じっと天井を見つめていた。
昔のことが次々に脳裏に浮かんでくる。
何よりも腹を痛めて生んだ子供が気がかりだった。
今は、まったく音信不通になっている。
ふいに部屋の空気がピンと張りつめたようになった。
何かが近づいているのだ。
M子には霊感がある。
自分でそう思っているだけなのだが、M子の語りに訪問客は驚かされた。
施設の人には、めったに話さない。
頭がどうかしたか、と誤解されては大変だからだった。
年老いた人が多いだけに、ここは常に生死の境にある。
誰かが廊下をぱたぱた音を立てて歩いている。
聞き慣れない足音だ。
まるで子供みたいだな、警備の男の人ではないぞ、とM子は思う。
もし彼だったら、もっと静かにあるくはずだ。
部屋の出入り口で、ピタッと音がやんだ。
小石が池に波紋を起こすように、空気がざわざわとしはじめる。
何かが歩きだす気配がした。
M子のベッドの足もとで立ちどまった。
目を向けたが、何も見えない。
カーテンを閉め忘れたサッシ戸のガラスに黒い影が映っている。
M子は、かまわずにじっとしていた。
淡い光の玉がふいに現われたかと思うと、ベッドの上にのり、
ふわふわとはいのぼってくる。
M子の顔のそばまで来た。
しばらく宙で浮いていたが、サッシ戸のすき間にすううと消えてしまった。
背筋がぞくぞくはしたが、いつものことなので、ああ、また
幽霊があいさつに来たか、とM子は案外けろりとした表情だ。
それでも極度に緊張したせいか、うとうとしはじめた。
「M子さん、M子さん」
いつも世話してくれるS子の声に起こされた。
右肩をゆすぶっている。
窓の外が明るくなっていた。
「ごめんね、半分閉め忘れたんだね」
といいながら、片方のカーテンを開けた
「ああ、大事だよ。お化けが時々部屋をのぞきこんで、退屈しなかったよ。ところで今幾時だい」
「八時過ぎですよ。お化けがでたの。あたしも見たかったな」
S子は話を合わせた。
思いやりのある人で、M子はいつも助けられている。
「ええ、こりゃ寝すぎだね」
「いくら呼んでも起きなかったよ」
「ゆうべ、なんだか寝付けなくてね」
「さあ、早く仕度して。ご飯が遅くなってしまうわ」
ベッドのまわりをせわしなく歩きまわっては、きちんと整頓してくれた。
「ありがとう。すまないね」
「今日はイヴェントがある日ですよ」
「ああ、そうだ。実家から、姪っこが来るんだっけ」
「良かったね」
M子は仕度をすると、腕に力をこめて、長くて重い車いすを動かしはじめた。
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