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帰郷

 被災地での一週間の活動を終えた。
 祐二は近鉄奈良駅に着いた。
 午後六時を過ぎている。
 ケータイで宏子に電話した。 
 数人の若者が、被災者のための募金活動を行っている。
 大学生のようだ。
 道行く人が足を止める。
 募金箱を両手で持っている男性に声をかけた。
 
 「俺は今現地から帰ってきたばかりだよ」
 「ああっそれはそれは。お疲れ様でした。どうでしたか」
 「いやあまったく、何と言ったらいいのか。大津波が襲った現場を見て、呆然と立ちつくしたよ。自衛隊の方々が一番被害が大きかった現場で活動されている。俺が行ったのは入江の奥だ。まだ被害の小さかったお宅だった。被災者と一緒に寝起きして、まわりの物をかたずけることくらいのことしかできなかった。それでもとっても喜ばれたよ」
 「そうでしょう」
 「雪が降っている。寒い。お年寄りや体の弱い人が深刻だ。体が冷える。薬がない。暖房器具が充分じゃない。灯油もガソリンも足りない。マキを燃して煮たり炊いたりしているんだ。お風呂が入れない。トイレだって困っている。日用品がほしい。みなが知恵をふりしぼって、必死で生活してるんだ」
 祐二は一気に話した。真剣な表情である。
 髭が伸びている。
 衣服が汚れたままである。
 
 「がんばってください」
 祐二は、募金活動をしているひとりひとりと握手をした。
 
 「ゆうちゃあん。お帰り。お疲れ様でした」
 宏子が駆けてきた。
 「リュックを持つわ」
 「いいよ、大丈夫だから」
 「これくらい平気。何かさせて」
 「すごい格好だろ」
 「とっても素敵よ。もっとも訳を知らない人は当惑するでしょうけど。どうする。このまま家に行く」
 「熱いコーヒーを飲みたいな」
 「そう言うと思ったわ。ママに話してある。行きましょ」
 東向きの通りを南にくだった。突きあたりは、三条通りである。
 途中で右に曲がった。路地に入って十メートル歩いた。
 喫茶砂時計のカンバンがある。
 
 こげ茶色の重厚なドアを押した。
 クラシックの曲が流れている。
 カウンターの向こうに、ママが後ろ向きに立っていた。
 コーヒーが器の中に溜まっている。
 湯気があがっている。
 「ママ、お願い」
 宏子がそばに行って、頼んだ。
 振りむいた。
 微笑んでいる。
 「祐二さん、ご苦労さまでした」
 お辞儀をした。
 祐二は驚いた。
 「びっくりするなあ。そんなふうにされると」
 「いいえ。当然です。尊い行いをされたのですもの」
 
 店は混んでいた。
 会社帰りの常連さんが結構いる。
 すぐに家に帰らず、一息いれてからということだ。
 皆がこちらを向いた。
 ママの話が聞こえた。
 何人かが、拍手をしてくれている。
 宏子は喉元に、温かいものが湧きあがって来るのを感じた。
 
 
 
 

大地震

 その時、ユリは家の二階にいた。
 部屋でロッキングチエアに腰かけていた。
 お気に入りの小説を読んでいる最中だった。
 椅子が揺れている。
 前後に体をゆすっているせいだろうと思った。
 
 すぐに本震がきた。
 「ゆりい。ゆりい。早く外へ出なさい」母の声がした。
 家がギシギシギシギシと悲鳴をあげる。
 本棚が揺さぶられている。
 本がとび出して床にバラバラと落ちる。
 大切なCDコンポが棚から落ちてしまった。
 揺れがひどく動けない。
 困ったわ。家がつぶれたらどうしようかしら。
 恐怖を感じた。
 椅子からおりて、床にしゃがんだ。
 「動けないのよう。しばらく机の下にいるからあ」
 ようやく声をあげた。
 
 長かった。
 物が散乱している部屋は、そのままにしておいた。
 一階に下りた。
 玄関の戸が開けはなってある。
 母が心配そうに庭で佇んでいる。
 「お母さん」
 ユリが抱きついた。
 「こわかったでしょ。ケガなかった」
 「うん」
 目に涙がにじんだ。
 「お母さん、お父さんは。工場は大丈夫かしら」
 「今さっき電話があったわ。大したことないって。仕事は続けられるそうよ」
 「よかった。従業員さんたちにケガは」
 「転んだ人がいたらしいけど、すりむいたくらいだったって」
 ユリの父はB精密を経営している。
 五十人体制で、自動車部品を造っている。
 
 母が、屋根を見上げた。
 瓦がずれて、下地が見えている。
 隣のブロック塀が、倒れている。
 年老いた女の人が、ひとりで住んでいる。
 ふたりで駆けつけた。
 玄関から声をかける。
 「Aさあん、Aさあん。大丈夫ですか」
 「おばあちゃあん、おばあちゃあん」
 ここですよう。
 小さく答えた。
 ガラスの破片が散らばっている。
 土足で上がる。
 ほりごたつの中にいた。ケガはなかった。
 「よかったですねえ」
 「やかんをかけっぱなしなんだ。ガスをお願い」
 ユリが台所へ走った。やかんが床に落ちていた。
 ガスの火だけが燃えていた。
 「燃え移らなくてよかったわ」
 「ほんとだ。ありがとう」
 Aさんは、まっさきに仏壇をかたずけ始めた。
 「ご先祖様、これくらいで済んでよかったです。感謝いたします」
 独り言を口にしておられる。
 
 ユリのポケットでケータイがうなっている。
 剛からであった。
 「なかなか繋がらなくてね。そちらはどう。大丈夫」
 「ええ、母も私もケガはないわ。あなたのほうは」
 「古い家だけど、入母屋の農家だからだいじょうぶだったよ」
 「お母さんやおばあちゃんはどう」
 「ありがとう。そばにいるよ。またあとでね」
 「はあい」

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