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恩返し

 大狐が、背後に迫っている。
 でけえやつだな。
 又造は横たわっている。
 ガブリと、くわれた。
 うううん。
 目が覚めた。
 何だ。ここは奴の腹の中か。
 痛みがまったくない。
 肉をひきさく。
 骨をくだく。
 魂が肉体から離れるときはのう。
 いてえなんてもんじゃねえ。
 よくおやじが俺に言ったもんだ。
 
 又造は囲炉裏のそばにいる。
 たきぎが消えている。
 火だねは残っている。
 鍋の中にはイノシシの肉がある。
 よく煮えていた。
 汁がほとんどない。
 「やれやれ俺としたことが。うたたねをしたんだわ」
 おお寒い。
 体が冷えてしまった。
 たきぎをくべる。
 パッと燃え上がった。
 鍋に水をいれた。
 不用心なことをしたわい。
 箸で肉をつつきながら小声でいう。
 
 「おめえさん、いま帰ったよ」
 女房の美祢が、玄関の戸を開けた。
 「おう、おかえり、疲れたろう」
 「なんか焦がさなかったかい」
 土間に入るなり、大声をあげた。
 「でけえ声だな。山菜取りで疲れたのか、ちょっと眠ってしまったんだ」
 頭をかいている。
 「風邪ひくよ。気をつけな。あんた、おなか、すかないかい」
 「ぼたん鍋が残ってる。鮎を焼こう。今晩はこれでいい」
 又造は台所へ行った。
 冷蔵庫から鮎を二匹取り出した。
 串に刺した。
 手際が良い。
 
 「お前さん、堀のわきに狐が一匹いたぞ。あたしの姿が見えたら、逃げたけんど」
 「そうか、やっぱりな」
 「なんかあったか」
 「夢見たんだ。キツネの」
 「ゲイコの姿だったかい」
 女房がくすくす笑う。
 「馬鹿言え。ずっと前の話だ。俺には悪さしねえ。情けをかけてやったんだからな」
 「そんじゃ、どうしたんだい」
 「ガブリと飲みこまれたんだ」
 又造は、あごひげをなでている。
 「そりゃお前さん、いい夢だよ」
 「そうかい。だといいが。メシ食うべ。鮎がいい色に焼けたぜ。晩酌をたのむ」
 グラスになみなみと注いで持って来た。
 又造は、にこにこしている。
 「これが楽しみで生きてるようなもんだ」
 「お前さん。いい顔だね。惚れ直すよ」
 お美祢が、又造のそばに寄った。
 又造は目をこすった。
 あのゲイコが正面にいたからである。
 うわっ。
 のけぞった。
 「先だっては、ありがとうございました」
 ぺこりと頭を下げた。
 ドサッと三和土に鮭を一匹置いた。
 勝手口の戸の隙間から、さっと外に出て行った。
 「やれやれ。うまく化かされたわい。てっきり女房だと思った」
 
 玄関に人影が映った。
 女房だろうな。今度こそ。
 化かされねえぞ。
 シッポがあるかないか。
 よく見てやらなくちゃ。
 ガラッと開いた。
 又造は、お美祢の後ろにまわった。
 背中のあたりを気にしている。
 
 
 
 
 
 

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