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ある日の夕方。
Мさん夫婦が、台所で話している。
妻は、包丁をせわしげに動かしている。
夫は、椅子に腰かけて一枚の写真を見つめている。
「光男のことだけどさ」
「なあに」
「もう三十歳をすぎたよね」
「三十二だわ。あなた自分の子なのに」
「なんだか亡くなった親父さんに似てきたね」
「そうかしら」
「両手を後ろに組んで歩いたり、寝る前に服をきちんとたたんだり、それにタバコの吸い方まで。そっくりなんだ」
「どうしてでしょうね。教えたわけじゃないのに」
「三代目に似た子が生まれるって、昔からよく言うけどね」
「聞いたことがあるわ」
「身体つきが似るのは、納得がいくんだ。几帳面な性格までそっくりさんだ」
「不思議だわねえ」
「心までそっくり。どうしてこうなるのって、神様に尋ねてみたいよ」
妻はウフフッと笑った。
カチャと、戸が開いた。
光男が入って来た。
「ごはん、できた」
「もう少しよ。せっかく来たんだから手伝いなさい」
両手を後ろに組んで、鍋の中を眺めている。
「あと五分したら、火を止めてね。テーブルを拭いてちょうだい」
「はい」
縦横にきちんと、拭きはじめた。
「光男、この写真を見てごらん」
父が言った。
「この男の人は、だれなの」
「お前のじいちゃんだよ」
「若いね」
「結婚式に撮ったんだもの。よく似てると思わないかい。誰かさんに」
怪訝な表情をしている。
テーブルを拭き続けている。
「ねえ、おじちゃん」
夫が声をかけた。
光男は、あたりを見回している。
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2011年04月14日
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新婚旅行は、有馬にした。
関西の奥座敷と呼ばれている。
日本最古泉である。
一番歴史のある旅館に宿泊した。
「ほならごゆっくり。あとは奥さんにお任せします」
仲居がお茶の用意をして、部屋から出て行った。
ふたりは、それぞれの想いを胸に抱いている。
緊張のあまり、言葉が出ない。
久吉が切り出した。
「どうやこの旅館の感想は。気にいってもろたやろか」
「はい。たいそう気を遣ってもらいまして。いいとこへ連れてきてもらいました」
「喜んでくれて、俺も嬉しい。幼馴染やったけど、こんな世の中や。話も碌にでけへんかったな」
「小学校の裏で、えらい取っ組み合いのけんかしやはったり」
「そんなこと、まだ覚えているの」
「ええ、そら、評判になりましたもの。弱虫の久吉がケンカしとるって」
「それは、いいっこなしや」
百合子が、部屋から廊下に出た。
景色を眺めている。
久吉がそばに寄った。
百合子の手をにぎった。
「この旅館は、えらい古いですね」
「そうや。太閤はんが来やはった時に、建ったそうやから」
「へえ、そうですの。格式があると思いました」
「家は、新婚旅行は代々ここに決めてるんや」
「そうですか。たいそうなことで」
「百合ちゃんとこだって、お父さんが裁判所で働いてはるやろ」
「ええ。固いばっかりの父で困ります」
「大したものや。なかなかそういうとこで勤められるもんやない」
「寒なったな。もどろか」
「はい」
部屋に入った。
百合子が、お茶を入れる準備をはじめた。
一杯目は、ぬるめにした。
「ああ、おいし。喉が乾いてたから、ちょうどいい熱さや」
二番茶は、少し熱めにした。
ほんのりと、新茶の香りがする。
「香りがええ。味もええけど」
三杯目は熱い。
「宇治茶の一番いいのを使っているみたいです」
「さすがやな。天下一品や」
「俺には過ぎた嫁はんや。百合子は。お茶の注ぎ方で分かる」
「名前、呼んでくれはって嬉しいです」
久吉は、百合子の手をとった。
引き寄せた。
夕食の支度ができた。
山や海の幸をふんだんに味わった。
百合子は、久吉のコップにビールを注いだ。
手が震えた。
「百合は、可愛いな」
ぽっと顔が赤くなった。
「御馳走様でした」
「うまかったか」
「ええ」
「休んだら、お風呂、先に入ってきてや。家族風呂を頼んどいた。分からへんかったら、仲居さんに尋ねて」
「わかりました」
「俺は、ちょっと調べものがあるんや」
「まあ、新婚旅行やのに」
久吉は、苦笑いしている。
「悪いな。県の仕事やろ。入ったばかりで、なかなか納得できんことが多いんや」
食用油が、工場で大量に造られるようになってきていた。
油屋の商いが、苦境に立たされていた。
久吉は、勤めにでることに決めた。
「頼もしいお人ですこと。ほなら、先にいただいてきます」
「どうぞ」
久吉は、土木課に配属された。
几帳面なところが認められた。
業者の出入りが多い。
接待されることがあるから、節度を守るようにと、上司から注意があった。
金品は、絶対に受け取らぬようにしなさい。
きついお達しがあった。
先輩の中には、身を崩す人がいたようだ。
業者連中が談合せぬように、監視する役目のいったんを担っている。
重要な仕事であった。
百合子が戻って来た。
「すみません。お先です」
「ああ、もう出てきたんか。早かったな」
湯上りの百合子の体は、薄桃色になっている。
甘い香りがした。
うなじがきれいだ。
久吉は思った。
「それじゃ、湯につかってくるから」
「いいお湯ですよ。ごゆっくり」
百合子は、服をたたんでいる。
初めての夜である。
母の言いつけを思い出していた。
半時間後。
久吉が、部屋に戻った。
布団がふたつ並んでいた。
部屋の隅で、百合子が正座している。
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