過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

アルバイト

 街にネオンが灯りはじめた。
 О駅の改札口を抜けた人々の一群が早足になった。
 パチスロ店に吸い込まれるように入った。
 剛は、店内を巡回している。
 
 「おい、玉出ねえぞ」
 一番通路の中ほどで男の声がした。
 黒いサングラスをかけた紺のスーツ姿の男がパチンコ台のガラスを叩いている。
 「おい、新入り。お前、行ってみろ」
 店長が剛に命じた。
 腕っ節の強いのが気にいられている。
 田舎者である。
 怖いもの知らずだった。
 
 「はい。どういうことでしょうか」
 タバコの煙を剛の顔面に吹きかけた。
 くそっと思った。
 こらえた。
 「この穴に玉が入ったわけなんだが、出ねえぞ」
 「ちょっとお待ちください。調べます」
 裏に回った。
 玉は、ひとつも入ってはいない。
 何かある、と感じた。
 ケータイで店長に連絡した。
 「玉は入っていません。何かたくらんでいる可能性があります」
 「よし、わかった」
 店長は、ほかの通路に店員をさしむけた。
 店員Aが二番通路を警戒しはじめる。
 
 剛は、男の言う通りにした。
 玉を二、三個、穴に入れた。
 「すみませんでした」
 「わかりゃいいんだよう」
 足を小刻みに揺らしている。
 十分くらいの出来事だった。 
 四十がらみの茶髪の女が、二番通路で左手をガラスに当てている。
 マグネット。
 Aは直感した。
 玉は磁力で穴に引き寄せられている。
 上部のライトが点滅を繰り返していた。
 「店長、やられました」
 「仕方ない。警察を呼ぼう。女からも目を放すな」
 「はい」 
 剛は、店の前で待機している。
 警官の到着を待っている。
 男が出てきた。
 女が寄り添っている。
 逃げ足がはやいな。
 
 剛はためらわなかった。
 「あのう」
 声をかけた。
 「なんだ。何か用か」
 すごんでいる。
 「ええ、ちょっと。こちらへ来てもらえますか」
 男がこぶしをつくった。
 剛の顎をねらった。
 サッとよけた。
 フットワークが軽い。
 手をつかむと、男を投げた。
 チャリンと音がした。
 ナイフが路上に転がった。
 男を押さえつけた。
 女が背中をバッグで叩いている。
 
 警官が二人、かけつけた。
 ひとりが男の手に手錠をかけた。
 「大丈夫ですか」
 年輩の警官が尋ねた。
 「はい」
 「あとでО署まで来てください」
 店長が出てきた。
 「剛、大丈夫か」
 「ナイフを持っていました」
 「よくケガをしなかったな」
 「体は鍛えてありますから」
 「大事な体だ。もう荒い仕事はさせないからな」
 「ええ」
 「事務室で女の人が待っているぞ。大事にしろよ、あの子」
 「はあ」
 事務室に入った。
 体の前で、両手に黒い鞄を持ったユリがいた。
 表情が暗い。
 「ユリちゃん」
 「つよし」
 剛を見たとたんに表情が明るくなった。
 「あたし、今朝ね。胸騒ぎがしたの。ほんとになっちゃたわ。授業が終わったらすぐにかけつけたのよ」
 「心配させてごめん」
 
 

孫 その1

 夕食が終わった。
 М夫妻だけが、台所にいる。
 「良かったわね。光男が、あんなにあなたと話をするようになって」
 「ほんとだね。嬉しいよ」
 
 いつからかは、分からない。
 光男は父がいる所へは、努めて行かなくなってしまった。
 まるで父と息子の間に、高くて固い壁ができてしまったようであった。
 光男自身も何故だかよくわからなかった。
 嫌悪感が、心の深いところに充満していた。
 降った雨が地面に浸みこんで行き、長い月日をかけて、地下に蓄えられたかのようである。
 光男は、男ばかり三人きょうだいの真ん中である。
 母は「お父さんは、誰にでも分け隔てなく接してきたわ」と言う。
 それにしては、この気持ちは、どうだろう。
 父を好きになれない。
 ほんとは、好きになりたいのに。
 
 光男が三歳だった。
 二階のベランダでひとりで遊んでいた。
 「パパ、遊んで」
 ガラス戸を小さな両手で、ようやく開けた。  
 父は部屋で仕事をしていた。
 「忙しいんだ。ひとりで遊んでいなさい」
 大きな声で言われた。 
 光男は、泣きそうになった。
 「ぼうちゃんだけ」
 あとの言葉は、出なかった。
 幼児に理屈は分からない。
 本能で何かを感じ取っていた。 
 大きくなって、物ごころがついた。
 兄と弟が喜んでいる時でも、心から喜べなかった。
 辛かった。
 父の自分に対する接し方が気になった。
 
 光男が小学六年生になった。
 「あなた、光男がね。あたしに打ち明けてくれたわよ」
 「何を」
 「父ちゃんは、僕のことが可愛くないんだ」って泣きながら言ったわ。
 「へえ」と言って、Мは頭をかかえた。
 ガツンと棒でなぐられたようであった。
 Мは、若い頃を振りかえった。
 婿に来た。
 家風に長く慣れなかった。
 義父を嫌っていた。
 光男は彼に似ていた。
 それだけの理由で、辛く当っていたのかもしれない。
 自分の子であるのに。
 「父ちゃんが悪かった。勘弁しておくれな」
 光男は、心の中に長い間沈殿していた物が、サッと流れ去るのを感じた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事