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電車が通るたびに、部屋全体が揺れる。
ガード下に建てられたアパート。
街で一番家賃が安い。
体の芯が燃えていても、女は冷静だった。
男の背中をポンポンとたたいた。
「もうおよしなさいよ。帰る所があるんでしょ」
女は、男の重みをずっと感じ続けていた。
つい先ほどから、ぐっと重みが増した。
「眠っちゃだめよ、あなた」
両手で下から、男の体をグイッと押した。
ごろっと、わきに転がる。
ずいぶんお腹が出っ張ってる、と思った。
女は、下着を素早く身につけた。
上着を羽織る。
あの人の為に、ちょっと荒療治をしてやらなくっちゃ、と思った。
部屋の隅にある台所に行った。
水道の蛇口をひねる。
両手を洗う。
しずくが垂れている。
可愛そうかな、と思った。
男の顔をなでた。
「なっなんだ。つめてえな」
目をあけた。
「顔を洗ってあげたの。いつまでも眠っているから」
「ひでえことをする」
男は、ゆっくりと上体を起こした。
腕時計を見た。
「あれっ、やばいな」
「さっき、終電が通ったわよ」
「ちえっ」
「だから起こしてやったのよ。あたしを可愛がってくれるのは嬉しいけど。なんなら、泊まって行く」
「いや、それは」
男は、衣服を身につけた。
上がり框で、靴を履きはじめた。
「あっちへ行ったりこっちへ来たり、蜜蜂が花を求めて、飛びまわっているようだわ」
「まあ、もう少し待ってろ。女房と別れて、お前と一緒になるからな」
「聞きあきたわ。そのセリフ。あたしだって、あなたがあたしのことを、まともに考えてくれているかどうかくらい分かるわ」
キッとした表情で、男をにらんだ。
男がドアを開けた。
踊り場に立った。
女は、ドアを閉めはじめる。
男は、ノブをさっとつかんだ。
「しあわせにするって、言ってるじゃないか」
「みんな寝てるんだから、静かにして。どこまでも甘ちゃんね。あなたって人は」
声を低めて言った。
女は、ドアをバタンと閉めた。
男は、階段をよろけながら下りていく。
靴をきちんと履いていなかった。
途中で、足を踏み外した。
階下で、わめく声がしている。
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