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鬼火 その10

 陽が西に傾いている。
 辺りが茜色に染まりはじめた。 
 祇園に近い小路を哲夫は歩いている。
 脇に幅二メートルくらいの堀があった。
 水が勢いよく流れている。
 柳が風に揺れている。
 小舟が杭に繋がれていた。
 
 哲夫は、仕事の帰り道であった。
 古風な家並みが続いている。
 格子戸に看板が吊るしてあった。
 「うらない」と、墨で書いてある。
 「ごめんください」
 戸を開けた。
 哲夫の心は、穏やかではない。
 ウワサには聞いている。
 黙ってすわれば、ピタリと当たる。
 文字どおりにいけば良いが、と半信半疑であった。
 返事がないので、もう一度言った。
 「どなたかいらっしゃいますか」
 奥の暖簾から、若い女が顔を見せた。
 手招きしている。
 口を開けばいいものを、と哲夫は腹が立った。
 その女は、受付係であった。
 「この紙に必要事項を記入してください。料金は後払いです」
 と、言った。
 余計なことは、一切言わない。
 まるで能面のようだな、と思った。
 占いは、一種の神がかりの世界である。
 押し黙っているのは、威厳を示そうとしているのかな、と哲夫は思った。
 先客は、いないようだ。
 「あちらにどうぞ」
 彼女は右手で指し示した。
 玄関から裏庭まで狭い路地がある。
 そこを歩いた。
 不意に、重々しい女の声が聞こえた。
 「そこでお止まりください」
 右側を見た。
 黒いカーテンが、上がり框すれすれまで垂れ下がっている。
 「どうぞ、カーテンを脇に寄せてお入り下さい」
 「失礼します」
 哲夫は勇気をふるって入った。
 幼いころから、それほど気が強いほうではない。
 女の人は苦手であった。
 今は、そんなことを言っている場合ではなかった。
 
 四畳半の暗い部屋だった。
 床は板張りである。 
 窓はない。 
 外よりもずっと暗く感じた。
 漆黒と言ってもいいくらいだ。 
 しばらくすると、目が闇になじんだ。 
 白い煙が漂っている。
 黒い布でおおわれたテーブルがある。
 真ん中に太くて長い蝋燭が一本立っている。
 炎が煤をあげて揺らめいていた。
 その横に直径十センチくらいの水晶玉がある。
 紫の小布団が敷いてあった。
 人影が見えた。
 「おすわりください」
 頭巾をかぶった年老いた女が命令した。

カラス猫

 ある冬の夜。
 Kの寝室。  
 肩口から、クロが布団に入ってこようとしている。
 咽喉を鳴らす音が、しだいに大きくなってくる。
 Kが目覚めた。
 「なんだよ、クロ。今夜はだめだ。調子が悪いんだ。かんべんしてくれ」
 ニャアと鳴いた。
 それでもクロはあきらめなかった。
 頭を無理に布団の中に突っ込んでくる。
 シッポを立てて、後足を踏ん張っている姿は滑稽だ。
 今夜はひとりで眠りたいと思う。
 クロに気を遣うのは、いやだった。
 左手で掛け布団を強く引っ張っている。
 クロの侵入を阻止しているのである。
 
 この冬一番の寒さだと、テレビのアナウンサーが話していた。
 クロには可愛そうだが、他に寝場所を見つけてほしいと願った。
 野良猫じゃないんだ。
 お前は家の中にいていいんだからな。
 にゃあにゃあ。
 大鳴きしはじめた。
 うるさいな。みんなが起きるじゃないか。
 彼女は知っているのだ。
 Kの足元に丸練炭入りの小さな炬燵があることを。
 そこが一番暖かい場所だ。
 でも、Kは許さない。
 「今日は、だめ」
 きつく叱った。
 クロの体を持ち上げて、茶の間まで運んだ。
 ガラス戸をきっちり閉めた。
 
 今夜は、僕は機嫌が悪いのだ。
 お気に入りのМ子ちゃんに、一緒に映画を見に行こうという誘いを断られたんだ。
 クロに八つ当たりするわけではないが、人間だっていろいろあるのさ。
 気分がのらないことだってある。
 いつもは、クロの言うことを聞いてやっている。
 たまには、おや、ご主人さま、どうしたんだろうって、思わせたい。
 クロに甘くみられるのは嫌だった。
 トイレに立ち寄り、寝室に戻った。
 ああ、やれやれ。これでだれにも邪魔されないで眠れるぞ。
 掛け布団をあげて、足を炬燵にのせた。
 左足が柔らかいものに触れた。
 あっと思った。
 布団を思い切りめくった。
 猫が三匹炬燵のわきにいた。
 クロと子猫が二匹。
 「お前、いつの間に赤ちゃんができたんだ」
 と、たずねた。
 子猫が夢中で乳首に吸いついている。
 「それにしてもどうやって。あんなに重いガラス戸をこじ開けたんだい」
 ぼくは、子猫の頭を代わる代わるなでてやった。
 クロは、Kの手をなめている。
 
 「お前は大したお母さんだな。今夜はぼくの負けだ」
 Kは、父の寝袋の中で眠ることにした。
 ばあちゃんが言うんだよな。
 トンボだって蝶だって、誰かの生まれ変わりだよって。
 前の世では、人間だったかもしんないよって。
 こんな科学が発達してる世の中なのにさ。
 信じられない。
 でも、あんなふうに子猫がオッパイを吸っているのに
 冷たいこと。
 ぼくには、出来やしない。
 Kはそう思った。
 
 

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