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家出少年と少女 1

 性ホルモンのひとしずくが、ポトリと落ちた。
 胸の乳首がうずいた。
 声帯が痛んだような声がでた。
 勉は、体の中で、大あらしが吹き荒れているのを感じていた。
 心が、急激な身体の変化に、ついていけなかった。
 突きあげて来る生理的な衝動に、いらいらするばかりであった。
 
 親にも話せなかった。
 軽い足音が、階段をあがってくる。
 部屋の前で、とまった。
 ママだった。
 「つとむ、おやつを持って来たわ。開けてもいい」
 勉は、だまっていた。
 ママは、僕のことが分からない。
 分かろうとしない。
 自分のことばかりだ。
 最近、前よりおしゃれして、水泳教室に出かけるようになった。
 気になる男性コーチが、いるのかな。
 大人って、いやだな。
 妄想がわいた。
 「ここへ置いて行くわね。お勉強がんばってね。お兄ちゃんみたいに、私立高校に入学できればいいね」
 勉は、机の上を、こぶしでドンとたたいた。
 ガチャン。
 母は驚いて、お盆を落としたらしい。
 
 父は、いつも帰りが遅かった。
 残業だ、つき合いだ、と言いわけを繰り返した。
 勉は、男同士の話がしたかった。 
 お父さんの中学二年生の頃はどうだったの、と聞いてみたかった。
 父と母は、よく口論をした。
 時には、大声をあげた。
 「どうして、カッターシャツの襟に、口紅がついてるのよ」
 「香水の匂いがするわ」
 「遅くまで、誰といっしょだったの」
 父は、母の一言一言に、理由をつけて話していた。
 ふたりの間に、思いやりがなくなっていった。
 アラ拾いばかりするになっていた。
 妹の百合が、可愛そうだった。
 泣いてばかりいた。
 もう、うんざりだ。
 子供がいない所で、ケンカをしてほしい。
 ママもパパも大好きなんだ。
 とりつくろってもいい。
 家庭では、仲良くしてほしかった。
 
 夏休みに入った。 
 勉は、JR新宿駅のプラットホームにいた。
 表向きは、母の実家を訪ねる。
 心の中では、家から少しでも逃げ出したかった。
 松本駅で、祖父が出迎えてくれた。
 「つとむ、よく来たね。部活はどうした。夏休みでもあるんだろ。大丈夫なのか」
 「ぼくは文化部だから、わりと、フリーなんだ」
 「お母さんは、元気か」
 「うん、元気だよ。元気過ぎるくらい」
 勉は利口だった。
 祖父に心配させるようなことは、一言もいわなかった。
 「いられるだけ、ここにいるといいよ。東京より涼しいしな。お城や名所旧跡がたくさんあるぞ」
 「ありがとう。思い出をいっぱい作ろう、と思ってるんだ」 
 秘密を胸にしまいこんで、祖父の家に向かった。
 

いざなう1−5

 女が戻って来た。
 白い襦袢姿であった。
 一郎は恐縮して、部屋の隅にいた。
 「これはこれは。私としたことが、何という失礼なマネをいたしまして」
 女は何もいわずに、微笑んでいる。
 「お茶をいただいたまでは、覚えていたのですが。その先のことは」
 「何も知らないと、おっしゃるのでしょうか」
 女は、ちらっと布団を見た。
 この布団の乱れた様子を見れば、わかるでしょう。
 言葉にせずとも、女は態度であらわした。
 「本当に、何も分からないんですよ」
 一郎は、躍起になって否定した。
 「まあね。こうなった以上は、私にも覚悟があります。無理に体を奪われました、と訴えることもできますから」
 女は、高圧的にでてきた。
 一郎は弱腰になった。
 俺は、会社に勤めている。
 この不祥事が、上司に知られたら、大変なことになる。
 ようやく就職できたばかりだ。
 やめたくなかった。
 とりあえず、女のもくろみを最後まで、見届けることに決めた。
 「分かりました。私はどうすればいいのでしょうか」
 「私のいうとおりに、していただければいいのです」
 一郎は、下着を身につけはじめた。
 上着のポケットから、煙草をとりだした。
 口にくわえ、ライターで火をつけた。
 シュッと音がして、小さな炎があがった。
 女は、一瞬しりぞいた。
 一郎は、女の弱点をつかんだと思った。
 火に弱い。
 覚えておこう。
 最後の切り札だ。
 助かるかもしれない。
 女は、上着を預かります、と繰り返していった。
 肌寒いので、着せておいてくださいと、一郎は、言い張った。
 老女が、座敷の前まで、廊下を歩いて来た。
 「食事の用意ができました」
 「あい、わかったよ。いますぐ行きます」
 「それでは、あとについて来てください」
 食わせるだけ食わして、あとは。
 女の餌になるか。
 一郎は、自分をあざけるような笑いをもらした。
 まだ救いがある。
 望みを捨てずに、最後まで戦うことだ。
 そう思った。

だます2−2

 車内は、閑散としていた。
 ふたりは、窓際に向かい合わせにすわった。
 B子が、ビニール袋から、缶ビールを二個取り出した。
 窓枠においた。
 「ほら、これ飲んで」
 「うん」
 B子が、かんぱあい、といった。
 Hは、彼女の気持ちに逆らわなかった。
 「おなかも空いたでしょ」
 パックに入った、大きなおにぎりと、黄色の丸いたくあんを三切れ、Hの膝の上においた。
 「でかいな」
 Hは、目を丸くした。
 「どうもありがとう」
 Hは、しだいに、冷静さを取り戻しはじめていた。
 「まあね。いいよな。小旅行だ。駆け落ちじゃないだろうから」
 B子が、Hの目を、きっとにらんでみせた。
 「案外うたぐりぶかいのね。あたしの、好きに、疑問符がついたのね」
 Hは、微笑んでいる。
 B子は、窓外を見つめた。
 目に涙をためている。
 女の涙に弱いのは、男だ。
 誰でもだ。
 俺のような田舎者で、農家の跡取り息子を好む者が、いるわけがない。
 いたとしたら、何か魂胆があってのことだ。
 今まで自由奔放に暮らしてきた人が、窮屈な田舎の生活に満足できるはずはない。
 お互いに、相手のことをよく知らなかった。
 B子は、不意に立ち上がった。
 Hの隣に、すわった。
 自分のコートを、ふたりの膝の上にかけた。
 胸元まで、引き上げる。
 B子の右手が、Hの左手をつかむ。
 自分の胸にもっていった。
 Hは、驚いた。
 手をひっこめた。
 B子は、あきらめなかった。
 もう一度、同じことを繰り返した。
 彼女に恥をかかせるのも、気がひけた。
 彼女の愛を受け入れることにした。
 ふたりは、心ゆくまで、お互いを愛撫した。
 車内放送が、無粋に聞こえた。
 「間もなくうえのお。上野でございます。お忘れ物のないようにお降りください」
 わかってるよ、言われなくても。
 子供じゃないんだから。 
 Hは、ぽつりと言った。
 B子は、満足した表情で眠っていた。
 肩を揺すって、起こした。
 「終点だよ」
 「うううん」
 「どうすんだよ。これから。誘ったんだろ」
 「おりる」
 B子は、ふらつく足をホームにおろした。
 「浅草に行くのよ。地下鉄に乗り換えて
 B子は、腕を組んできた。
 Hが、ハンドバッグを持っている。
 コートを、肩にかけてやった。
 メイが地球に来てから、十八年たっていた。
 乗って来た飛行船は、ほとんど元の姿のままだった。
 アガペットを加工した船である。
 メイは、地面に平らになっている船に入って行った。
 まるで我が家のようである。
 操縦席にすわった。
 ヘッドホンが下りた。
 耳につける。
 ノイズが入り、すぐに人の声が聞こえた。
 「メイ。聞こえる。ママよ」
 「ママ。聞こえるわ。無事なの」
 「残念だけど、とうとう最後の砦が破られてしまったわ。メイのおじいさんが司令官だったのよ」
 その言葉の意味がわかったので、メイは涙があふれてきた。
 「どうなるの。わたしたち」
 シューシューという音が、ひっきりなしにしている。
 男の人の声がした。
 「今、地球に向かっているところだ。メイ。パパだよ」
 「パパ」
 メイは、泣き出しそうになった。
 「大丈夫だからな。心配するな。お前の力を借りなくてはならん時が近づいている」
 「わたしの力。できるかしら」
 「できるさ。無傷のX星人は、もはやお前独りだ。頼りにしている」
 「うん。がんばるわ」
 ママが、かわった。
 「あと一日で、地球に着くわ」
 「わたしは、何をすればいいのかしら」
 「できれば、その森の地下に、街を作りたいと思っているの」
 「ええっ」
 「メイは、何も心配しないで。ママたちのいう通りにすればいいのよ」
 飛行船ルイは、暗い宇宙を高速で飛んでいく。
 窓からは、星が見えない。
 光の渦の中を落ちていくようだった。
 乗り組んでいる人や生物たちの体調は、安定している。
 不意に、ルイは動かなくなった。
 宇宙空間に浮かんでいる。
 前方に、青い星が見える。
 水の惑星、地球だ。
 月も見えた。
 リーダーたちが、会議室に召集された。
 地球移住計画の最終プログラムが検討される。
 白熱した討議が行われた。
 すぐには、地球に行かないことになった。
 X星人、メイに偏見を持つ人がいることが、ネックになった。
 地球をめぐる衛星の月に、まず降り立つことになった。
 

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