過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

だます3−2

 「おねえさん、ちょっと
 隅にいたHが、声をあげた。
 「はあい」
 B子が応えた。
 テーブルに近寄った。
 Hに、ウインクをした。
 「お銚子が五本。それから焼き鳥五人前」
 B子はおかしいと思ったが、顔には出さなかった。
 笑顔で、
 「毎度ありがとうございます」
 と、言った。
 Hの前に注文の品が並べられた。
 素早く徳利を片手で二本ずつつかむと、三人連れの男たちのテーブルに持って行った。
 「はじめまして。失礼します。せっかくご縁があって同席しているんです、いっしょに飲みましょうや」
 Hは、自分でも驚くほどに、大胆な行動に出た。
 年輩の男は、Hの顔をじっと見つめた。
 Hも、目をそらさない。
 十秒くらいの間があいた。
 男は、フッと、笑みをもらした。
 あっはっはっ。そうかい、そうかい。わかった、わかった。
 飲もう、飲もう。ごちそうになるよ。
 愉快だ、愉快だ。
 こりゃ気持ちがいいや。
 Hは、残りの徳利と焼き鳥を運ぼうと、立ちあがった。
 男がそれを制した。
 「いや、あんたはいい」
 若い衆の方に向いて、顎をしゃくった。
 へいっ、と言って、立ちあがった。
 「いや、久しぶりに、男の中の男に逢いましたぜ」
 「そんなことないです。わたしは、ただの田舎者なんですよ」
 「謙遜する所がまたいい」
 男は、Hの両手をつかんだ。
 上下に、二度振った。
 「今の世の中、何だって、オレがオレがと、手柄を吹聴したがる奴が多い。大した器量も度胸もないくせにな」
 「ええ、まあ」
 男が自分の飲んだ盃を、ちょっと手でふいて、Hに渡した。
 「飲みな」
 徳利をかたむけた。
 「ありがとうございます」
 男は、B子のいる方を見た。
 「何だって、命がけだよな。そうでなきゃ、心が伝わるもんか」
 「そうですよね」
 「俺たちの世界でもよ。そうさ。いい加減な気持ちじゃ、渡っていけねえんだ」
 初めて、自分たちの素性を露わにした。
 Hは、うすうすわかっていた。
 それを承知で、B子を助けてやろうとしたのだった。
 静かだったほかの客が安心した。
 店の中がまた、にぎやかになった。
 閉店まで、四人は談笑していた。
 子供のように、はしゃいでいた。
 男ってかわいい、とB子は思った。
 R国兵士の隊長が、拡声器を使って、飛行船に向かって呼びかけをはじめた。 
 「無駄な抵抗はやめなさい。すぐに手をあげて出てきなさい」
 彼のわきに、胸に金のバッジをつけた政治家らしい男の人が三人いた。
 動物たちが、一斉に吠えたてた。
 Sとメイが、ハッチから姿をあらわした。
 メイは、大丈夫よ、心配しないで、家にお帰りなさいと言った。
 彼らは、兵士たちの脇をとおって帰って行った。
 Sとメイは、警察に連行された。
 Sは必死で事情を説明したが、まったく受け入れられなかった。
 彼はすぐに釈放された。
 メイは、冷たく暗い留置場に、ひとり取り残された。
 「わからず屋さんばかりね。あたしの力を使えば、すぐに出られるけど、それはできない。かえって、魔女の疑い
が強くなるわ。ほんとに困ったわ」
 メイは涙を流している。
 一匹のハツカネズミが、牢の中に入って来た。 
 チュチュと、メイはネズミ言葉で話しはじめた。
 「こんにちは」
 ネズミは驚いて、頭をあげた。
 「わたしたちのことばが分かるんですか」
 「ええっ」
 メイは微笑んだ。
 「何か悪いことをしたんですか」
 「何にもしないわ。ただ、みんなが誤解をしているだけなのよ」
 「誤解って」
 「あたしが魔女だって」
 「まじょっ。あなたがですか。そんな馬鹿な。匂いでわかりますよ。あなたは魔女なんかではありません」
 「ありがとう」
 「ここから出たいでしょう」
 「ええ、とっても」
 「わたしにまかせてくれますか。だしてさしあげます」
 「そんなことできるの」
 「簡単ですよ。牢番から鍵を奪ってきます。一日だけ辛抱していてください」
 夜になった。
 牢番が夕食を持ってきた。
 鍵を開けた。
 「ご飯だ、食べな」
 ネズミは、あとをつけた。
 詰め所にもどった彼は、物陰に隠したウイスキーの小瓶を出した。
 グビリと、うまそうに飲んだ。
 眠ってしまった。
 鍵は、机の上に置いたままであった。
 鍵についたひもをかむと、引っ張りはじめた。
 メイのいる牢まで行く。
 途中で一匹増えた。
 「メイさん。お持ちしましたよ」
 「大変だったでしょう。どうもありがとう」
 メイは内側から手をまわして、牢を開けた。
 「さあさあ、こちらへどうぞ」
 ネズミは、秘密の抜け穴をとおって行く。
 廊下を突き当たって左に曲がると、ドアがあった。
 堅そうな金属製のドアだった。
 「ドアの上の鴨居に鍵があります」
 メイは手で探った。
 何かに当たった。
 「それで開けてください」
 ギギーと音がして、ドアが開いた。
 階段があった。
 冷たい風が、顔にふきつけた。
 

ある少年

 「じいちゃん」 
 太郎が、小さい声で祖父に声をかけた。
 いとこの花子は、寝室にいる。
 「何だい、」
 「花子ちゃんって、ずいぶんしっかり者だね。ぼく、びっくりしたよ。歳はいくつ」
 「身体は小さいけれど、十六だ。高校一年生なわけなんだが、一年だけ、みんなより遅れてるんだ。実の父親が働き者で、金の心配をすることは、なかったんだけどな」
 祖父は、それ以上は、話したくないような素振りを見せている。
 いつもなら、引きさがる太郎だった。
 今回は、真剣だった。
 「顔がまん丸くふくらんでるようだけど、どこか具合が悪いんじゃないかと思うんだ」
 祖父は、すぐには返事をせずにいた。
 「まあ、お前だって花子の身内なんだからな。実はな、病気なんだ。市内の大学病院に、月に一回くらい通っておるんだが、なかなか完治するのは難しいということなんだ」
 太郎は驚いた。
 何と答えたらいいのか、わからなくなった。
 自分よりも辛い人生を送っている。
 それでも、ぼくに意見するほどに、気丈にふるまっている。
 「人って、見かけによらないんだね、じいちゃん」
 「そうだぞ。まあ、太郎、人生は長い。ゆっくり色んなことを、覚えていけばいいことだ。花子のことは、あまり心配するな。じいちゃんとばあちゃんが、付いているからな」
 「うん」
 その夜は、あまり眠れなかった。
 外が白々としてきた。
 僕まで、祖父母に負担をかけないようにしようと決めた。
 ひとりで、上高地に行きたいんだと、祖父に告げた。
 そりゃいいや、気分が晴れるぞと、心よく承諾してくれた。
 松本電鉄に乗って、終点で降りればいい。
 そこからは、バスに乗って行けばいいと丁寧に教えてくれた。
 花子も、JR松本駅で見送ってくれた。
 これっ、と言って、祖父はチリ紙に包んだ紙幣を、太郎のポケットに入れた。
 電車が走り出した。
 幹が太いリンゴの木がたくさん生えていた。
 小さな緑色の実をつけている。
 ポケットからチリ紙をとりだして、中身を確認した。
 一万円札が二枚入っていた。
 大金だった。
 たまにしかやれないからな、と駅で祖父が耳打ちしたことを思い出した。
 バスに乗り換えた。
 急な坂道をのぼって行く。
 耳の中がツーンといって、聞こえにくくなった。
 急いで、つばを飲み込んだ。
 太郎は、一度も日本海を見たことがなかった。
 上高地からは早めにUターンして、新潟に行ってみようと思った
 どうしても、ひとりで、これからの自分の将来を考えてみたい。
 人生で一度くらい、そんな時期があってもいいじゃないか。
 太郎はそう思った。
 色んな想いが、太郎の脳裏を駆け巡りはじめた。 
 河童橋で、雪をいただく穂高連峰を望んだ。
 この景色は、人間への、神様の贈り物のように思えた。
 松本駅で、祖父の家に電話を入れた。
 「僕は、これから日本海を見に行きます。時々連絡をいれます。心配しないでください」
 「まあ、昔ならお前は、元服する歳だ。家の先祖には、偉いお武家さまがおったほどだ。いろいろ考えたいことが
あるんじゃろう。じいちゃんも、腹をくくった。好きなようにするがいい。他人様に迷惑をかけるんじゃないぞ。何かあったら、いつでもいいから、すぐに電話しろ」
 祖父の物分かりの良さに、勉は心を打たれた。
 涙が頬を伝いはじめた。

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事