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家出少年と少女・8

 祖母は、あれこれと、食事の世話をやいてくれている。
 ふと、彼女の顔が、母のものと重なった。
 勉は、目をこすった。
 どうしてだろう。
 考えをめぐらした。
 
 母は、この人から生まれたんだ。
 きっと、母だって、根は優しいんだ。
 勉は、今日見つけた「写真」が気になって、どうしようもなくなった。
 箸をおろした。
 「ごちそうさまでした」
 「どうしたんだい。まだ一杯目だろう。もっとおあがり」
 祖母がやさしく言った。
 「おなかが、いっぱいになっちゃった」
 「これ、デザートだよ。部屋で食べなさい」
 「ありがとう」
 「もう、お行儀がわるいんだから」
 詩織が、勉の我がままが出た、といった顔をしている。
 
 机の上のスタンドのスイッチを入れる。
 引き出しから写真を取り出した。
 ライトを当てた。
 幼いぼくを抱いた母の姿が浮かび上がった。
 お正月に撮ったのだろう。
 暖かい服装だ。
 じっと見つめた。
 こんな時も、あったんだ。
 熱い物がこみあげてきた。
 涙がひとつぶ、写真に落ちた。
 あわてて、ハンカチでふいた。
 若い母は、両親に孫を見せようと、盆や正月に松本を訪れたに違いない。
 家では、ぼくは勉強の出来る兄と比べられてばかりだった。
 父も母も、ぼくと兄を、成績だけで評価している。
 ぼくは、そう思いこんでいた。
 ぼくだって、学年ではトップレベルだった。
 でも、兄は特別だった。
 私立高校の御三家のひとつに入学した。
 今、ぼくが考えている母さんは、本当の母さんじゃない。
 ぼくが、頭の中で造り出したまぼろしだ。
 そう考えることにしよう。
 この写真の母さんこそが、本物だ。
 
 勉強しなさいと口うるさいのも、ぼくに良くなってもらいたいからなんだ。
 お前は、勉強が出来ないから、バカだ。
 そう言っているわけではない。
 ぼくの将来を、大人の目で、心配しているだけなんだ。
 慣れない大都会で、暮らしはじめた母は、大変だったにちがいない。
 戸惑っただろう。
 長野県民は、教育に熱心だ。
 でも、東京はもっとだ。
 母も辛かったんだ。
 お父さんだって、つき合いがある。
 仕事が終わったから、はいさようならとばかりは、言えない。
 みんな、必死で生きているんだ。
 気分転換が、必要なんだ。
 勉は、母の実家に来て良かった、とつくづく感じた。
 冷静に、物事を見はじめていた。
 詩織の存在が、大きかった。
 辛い過去に負けずに、懸命に生きていた。
 

だます6−5

 猪苗代湖。 
 両側から細長い湖面に向かって、山がせり出している。 
 遠近感のある一服の絵を見ているようだ。
 朝六時前。
 キャンプをしている人たちが、朝食の用意をしている。
 Mは、湖畔にたたずんでいる。
 白鳥の形をしたボートが、沖合に浮かんでいる。
 奥行きのある美しい湖だな。
 深酒をしたようで、頭が重い。
 有美と愛し合った時の気分が嘘のようだ。
 有美は、浜辺の波とたわむれている。
 「とってもきれい」
 この景色をなんて表したらいいか、戸惑ったあげくに、有美は言った。
 Mは、彼女のそばに寄った。
 右肩に、そっと手をおいた。
 彼女が、愛しくてたまらない。
 それをどう表現していいかわからない、Mだった。
 半面、いらいらしている自分がいた。
 不思議だった。
 考えても、その理由が見当たらない。
 どうも体の不調から来ているようだ。
 右腕が、チクリと痛んだ。
 シャツをまくってみた。
 手のひらを見る。
 視線を二の腕に移す。
 赤い点があった。
 少量の血が、まわりに固まっていた。
 おかしいな。
 注射をした跡みたいだ。
 まったく覚えがなかった。
 この焦燥感は、この注射コンと関係があると、Mは賢明にも思った。
 「有美、これ見て。何だろうね」
 有美は知っていた。
 芳樹の言いつけで、彼女がうった。
 体に良くない。
 それは、充分わかっていた。
 Mを愛しはじめてもいた。
 芳樹には、逆らえなかった。
 彼女自身、すでにクスリなしではいられない、体になっていた。
 言いつけを断れば、もう譲ってもらえなかった。
 仕方がなかったのだ。
 なんて答えたらいいのか、分からなかった。
 哀しみが心の底から湧いてきて、止められなかった。
 自然の美を、それ以上味わえなくなってしまった。
 そんな自分がうらめしかった。
 「あたしがうったのよ」
 本当のことを話した。
 正直になることが、有美のMに対する精一杯の愛だった。
 「ふうん。起きてる時に、やってほしかったな」
 彼の言葉に、ショックを受けた。
 当然の反論だった。
 「あんなに気持ち良かったのも、これのせいなんだ」
 有美は、遠くを見つめた。
 「ごめんね。M。あたし、ためらったわ。でも、あたし、芳樹の命令にあらがえないのよ」
 「これって、きっと中毒になるんだよね。犯罪だね」
 有美は、肩を落とした。
 涙をこぼしている。
 沖にボートでこぎだしていた芳樹たちが、浜に向かってきた。
 マキが手をふっている。
 「有美、逃げよう」
 「待って。今はできないわ」
 「どうして」
 「どうしてもよ。チャンスが来るから」
 Mは駆けだそうと思った。
 有美の悲しそうな顔を見て、やめた。
 

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