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「ああっ、逃げちゃった」
美津が、土手で大声をあげた。
一緒に歩いていた男が、石段を下りて来は
じめた。
勇は、男がきらいだった。
美津を奪われたという想いがあった。
むろん、美津は恋人ではない。姉のような
存在だ。美津だって、自分を弟のような存在
だと思っているにちがいない。
そうやって、人間関係を割りきろうと思えば、
できないことはない。
感情的なしこりなんだろうか。
もうひとつ、割りきれなさが残った。
先ほど、ヨシの林の中で、ふたりのセックスを
のぞいた直後でもあった。勇の脳裏に、生々し
い映像がよみがえった。
男の顔が、せまってきた。
こいつの尻をたたいてやったんだ。
ざまあみろ。
勇はどうしても、和やかな気持ちにはなれな
かった。
でも、美津は好きだ。
ここは我慢のしどころだ、と思った。
「ちょっと俺にもやらせてくれるかい」
男が、笑顔で言った。
あたたかな眼差しだった。
陰険な顔つきだったら、よかったのに。
勇は、拍子抜けがした。
美津もくだってきた。
「どうぞ」
と、勇は穏やかな表情で、竿をわたした。
「俺、ちょっと用足しに行ってきます」
「いいわよ」
勇は、土手にあがった。
戻って来る筈の小百合の姿を、待ち望んだ。
これで良いのかもしれない。
勇は昔、坂道で逢った女の顔をふいに思
い出した。
憎しみで、顔が夜叉のようだった。
和尚の女癖の悪さを、口にしていたけれど、
あの女だって、悪いんだ。和尚さんに妻があ
るのを知りながら、肉体関係を持った。
そのあげくに、嫉妬にさいなまれた。
好きな男を、他の女に奪われる悔しさ。
肉体から来る快楽。
ふたりがひとつに溶け合う充実感。
男と女。
人の世の不思議を、十六歳なりに考えた。
小百合の自転車が、見えた。
小百合と俺は、ひょっとしたら結ばれるか
もしれない。
そしたら、・・・・・・。
勇の心は、未来に向かってはばたいて行
こうとしていた。
了
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2011年10月12日
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「百合子は、ほんと、ピアノ上手なんだか
ら」
青いジャージの裾を、くるぶしまでまくった
三年生の美知が、百合子の胸ぐらをつかん
で言った。
邪気を含んだ視線を浴びせかけながら、
「ゆりこ、なんとかいいなよ」
といって、ほっそりした身体を壁におしつけ
た。
百合子のくちびるは、青ざめていた。
身体が震えている。
何も言いかえせないでいた。
「そうだそうだ、音楽の先生のお気に入りだ
からって、いい気になるんじゃないよ」
ほかの取り巻き連中が、声をそろえた。
放課後の体育館裏。
五人の女子が、ひとりの髪の毛の長い女の
子をかこむようにしている。
百合子の長い髪の毛をもてあそんだり、引っ
張ったりしはじめた。
「よおよお、どうなんだよ」
美知が、ジャージの上着をぬがそうとした。
むりやり、両手で引っ張り上げた。
白いブラがあらわれた。
「ブラ、取ってやれ」
美知の部下のサチが、手をかけた。
ほかの連中が、百合子のからだを動けない
ように押さえつけている。
パチン。
ブラが、はずされた。
百合子は、その場にうずくまって泣き出した。
「おい、こらっ。そんな所で何やってるんだ。
早く運動場に来い」
後ろで、怒気のある男の声がした。
体育のA先生だった。
五人は、わっと散らばった。
百合子が、ひとり、残された。
髪の毛がくしゃくしゃになった百合子は、
うずくまったままだ。
「なんだ、どうした」
Aは、百合子のそばに寄って、しゃがみ込
んだ。
百合子の肩に、右手をおいた。
安心したのか、すすり泣きが大きくなった。
「うん、どうした。だっ、だいじょうぶか」
Aの左手が、百合子の胸に伸びた。
ジャージの上から、オッパイをさわった。
百合子は、ええっと、思った。
先生まで、あたしをいじめるんだ。
信頼していたのに。
誰も見ていないのをいいことに。
百合子の心は、恐怖感で満ちあふれた。
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四条大橋のたもとに、物件が見つかった。
栄一が、知り合いの不動産屋に頼んでお
いてくれたのだ。
資金繰りにいきづまり、前の経営者が手放
した店だ。礼金、敷金そして三か月分の家賃
を、栄一は、ぽんと出してくれた。
桜子の実家が近い。
開店の日。
店の前には花輪がならんだ。
「このたびは、えらい娘が世話をかけまして。
こんな立派な店を出してもらいまして、ありが
とうございます」
お気に入りの年代物の西陣を着て、千代が
栄一に向かって、お辞儀をした。
栄一は、頭をかきながら、
「祇園一のママさんとうたわれた、えらい
お母さんに頭さげられたら、かないまへんな。
俺は、土下座せんと」
と、栄一は床に頭をこすりつけた。
「このたびは、俺くらいの者が出過ぎたマ
ネをしまして」
「なっ、なに、しはりますねん」
千代は、栄一の肩を抱いた。
「頭、あげておくれやす。さくら、なんや。
だんはんに、こんなこと、さしてたらあかん」
千代は、本気で怒っていた。
「お母ちゃん、ごめん」
桜子は店の奥からタオルを持って来て、
ズボンの汚れを落とした。
バチャッ。
表通りで、バケツをぶちまける音がした。
ホステスが飛び出した。
戻って来るなり、
「えらいことですで。玄関のドアに黄色い
ペンキが投げつけられました」
と、興奮して言った。
ほんまにもう。
誰がやらせたかは、だいたい察しがつく。
桜子は、ドアを開けようとした。
「待ってたらええ」
栄一が、にこにこして言った。
「俺がうまいこと、始末する。あんたは、見
ない方がええ」
早速、知り合いに電話をかけた。
栄一は、変わった。
笑顔を絶やさない。
「まあ、どうぞこちらへ。特等席があいと
ります」
千代を、席まで案内しようとした。
「私は、すわらんでもいいんです」
昔風の千代は、義理がたい。
祇園のオキテが、からだにしみこんでいる。
使い古した割烹着をつけると、掃除を始めた。
「えらい母ちゃんやな」
「夏の暑さで、ちょっと体調を崩していた
んですけど、開店という声で、元気になりま
した」
「そうか、さすがやな。現金なこっちゃ。」
栄一は、苦笑いを浮かべた。
桜子は、栄一が特別に作らせた西陣を
着ている。
インテリアは、匠の技だ。
棚には、和洋を問わず、ボトルをずらりと
並べた。
さて、どのくらいのお客さんがおいでやろ。
美雪ママと、あんな別れ方をしたんや。
ペンキをぶつけられたことといい、しばらく
は、若いくせに生意気な奴やと、同業者から
目の敵にされるやろ。
しゃない。しゃない。
かずさん。五十五歳、独身。
お母ちゃんの肝いりのバーテンさん。
新米のホステスさんの久美ちゃん。
新聞に出した求人広告を見て来てくれた。
この業界は初めてだという。
当面は、泥縄式だ。
三人で、船出することにした。
バー桜子の灯りが、晩秋の京に点った。
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