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いやしの姫 その23

 悠子は、ジャージを着た子が気になって
しかたがない。
 「先輩、ほんと、その子。誰なんですか」
 悠子が前に顔をだすと、後ろにひっこむ
素振りを見せた。
 笑顔をたやさない。
 見ているだけで、心が暖まる。
 身体は大きいが、まるで三歳児のようだ。
 「しかたないわね。教えてあげる。ちょっと
耳をかして」
 百合子の口元に、右の耳を近づけた。
 「実はね、・・・・・・」
 「ええっ。ほんとですか。さっきのお人形さん」
 「世の中には、時々、信じられないことが起
こるものよ」
 「小さい頃から、いっぱい人形をだいてきま
した。たまには、怒って振り回したり、放り投
げたりしたことがありました。その度に、母に
叱られました。お人形、痛いって言ってるわよ、
って。大きくなるにつれて、どの人形にも、作っ
た人の気持ちがこもっていると思って、大事に
あつかうようになりました」
 「私だって、同じようだったわ」
 放送室のケースに入った人形。
 髪が長く、着物を身に付けていた。
 今にも、口をききそうに思えた。
 怖いくらいに、よく出来ていたのを、悠子は
思いだした。
 「こ・ん・に・ち・は」
 百合子の口がこわばり、言葉がたどたどし
くなった。
 驚いた表情で、悠子は次の言葉を待った。
 「よういちくん、かわいそう」
 少しなめらかな口調になってきた。
 「ええ」
 と、言わずにはいられなかった。
 「かんがえてあげてね。どんなにじゃまされ、
いじめられても、あなたのことを、おもいつづ
けているの」
 ひとつひとつの言葉に、心がこもっているのが
わかった。
 言霊がとりついていた。
 「よくわかりました」
 と、悠子は答えた。
 
 
 
 恵子は、綾に教えられた世話人さんのいる
ビルをたずねた。
 一階が事務所になっていた。
 四角な空は雲っているが、切れ間から夕陽が
さしこんでいた。
 西日が当たってまぶしいのか、窓のカーテンを
閉めた。
 名刺をさしだしながら、Nだ、と名のった。
 五十がらみの恰幅のいい人で、優しげな話し
方をした。
 恵子の想像していた人とは、違った。
 「草津で踊っていたんだって」
 「はい」
 履歴書を見ながら、話している。
 「六年か。がんばったね。大変だったろう」
 ストリップという言葉は、彼の口からでない。
 恵子に対する心づかいが感じられて、嬉し
かった。
 「ここは、日本一の歓楽街だ。いろんな店が
あるからね。踊りもそれに応じてさまざまだよ」
 「はい」
 恵子は、新宿は初めてだ。どんな世界が彼
女を待ち受けているのか、わからない。
 「一度、見学に行ってみようか。これからじゃ、
無理かな」
 「いいえ、大丈夫です」
 「どうする。車で行くかな。歩いたって、じきに
行きつくところなんだけど」
 「歩くのは、平気です」
 「それじゃ、歩こうか。足腰が強くなくちゃ、
踊れないものな」
 「はい」
 午後六時を過ぎた。
 スーツ姿の男性が、歩道にめだつ。
 自転車に乗った髪の毛をのばした若い男が、
前から来るのが見えた。
 人ごみのなかを、平気で走って来る。
 どよめきが聞こえた。
 「変な男だ。ちょっとわきに寄っていよう」
 Nさんに言われたとおりに、時計店の玄関で
じっとしていた。
 恵子のわきを通り過ぎて行く。
 男が左手をふるった。
 何かが、光った。
 ざっと、音がした。
 肩から下げていたバッグに、何かが当たった。
 恵子は、あっ、と叫んで、しゃがみこんだ。
 「どうした。大丈夫か」
 Nさんが、かけよって来た。
 「けがはありませんが、バッグが切られました」
 男は、大通りにでて、走り去って行った。
 
 
 
 
 

新生 その12

 松本家の台所。
 「なんだ、奈津美。親にうそをついたのか」
 一美の父、洋造が、拍子抜けした顔で、
椅子にすわった。
 「だって、お父さんのあの口ぶりじゃ、鈴木
さんに失礼でしょ」
 洋造はだまって、娘の言い分を聞いている。
 「人間なんてなあ。いつどこでどうなるか知れ
んものな」
 「そうよ。生身だもの。地上にいたって、交通
事故は起きるわ」
 「一美が好きになったんなら、しょうがないか」
 「先でどうなったって、それは覚悟の上だと
思うわ。親の出る幕じゃないわ」
 十一月の中旬だった。
 北風が吹いていた。
 洋造は、綿入り半纏のたもとからタバコをとり
だして、火をつけた。
 一息吸った。
 すぐにもみ消すと、立ち上がった。
 戸を開けて、土間に入り、
 「母ちゃん、大事なお客さんだ。そこじゃなん
だから、座敷にあがってもらって」
 と、言った。
 一美は、父の豹変ぶりにおどろいた。
 「鈴木さん、すみませんでしたね。どうぞこち
らへ」
 母は、うれしそうに鈴木を奥の間へ案内して
行った。
 一美は、奈津美のそばに行って、
 「どうしちゃったの、父さん」
 と、たずねた。
 「ちょっと、お説教してあげたの」
 「ふううん。何て言ったの」
 「地上にいたって、事故はあるんだしって」
 「ご協力ありがとう。末っ子の奈津美に、父さん、
甘いしね」
 「あたしの縁談の時に、何かあったら、ねえ
さん助けてね」
 「わかったわ。ところで、兄さん夫婦は、いつ
ヨーロッパから戻るの」
 「来週の土曜日だって言ってたわ。兄さん、
大事な用件なのに、席をはずしてごめんって、
言ってたわ」
 「お土産をどっさりもらわなくちゃね」
 「あたしは、その点、抜け目がないわ。いろ
いろ頼んでおいたから」
 奈津美は、今、元気でいるかしら。
 糸口がひとつ見つかると、するすると昔の
想い出がよみがえってきた。
 あなた、私、今もしあわせです。きっとあ
なたに出逢えたおかげだ、と思います。
 一美は、目をつむって、亡き夫の魂に礼を
言った。 
 

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