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M子が鏡の前に立った。
両手を洗い、ハンカチでふく。
顔をいじる様子はない。
上から下まで眺めて、身支度をととのえている。
となりに立った私は、鏡のなかのM子をのぞきこんだ。
十八歳。
番茶もでばな、である。
まあ、きれい。
私は、心の中で感嘆の声をあげた。
M子がうらやましい。
それに比べて、私は・・・・・・。
三十路なかば。
肌の衰えがめだつ。
くやしいったら、ありゃしない。
思わず歯ぎしりした。
憎い。
憎い、この娘が。
憎いったら、ありゃしない。
ふつふつと心の中で、何かが煮えたぎる。
鏡に映る自分の顔を見たくない。
容貌は人並み以上だ、と思っている。
こんな気持ちでは、白雪姫の魔法使いみたいだ。
「鏡よ、鏡よ、かがみさん」である。
M子が、ちらっと鏡の中の私を見た。
眉をひそめた。
いけない。気づかれたか。
私の醜い心を。
私は、わざと笑顔を作った。
「とてもお肌がきれいね」
心とは裏腹なお世辞が、口をついて出た。
M子は、ポッと顔を赤くした。
「どう。お仕事、だいぶ慣れましたか」
「ええ。皆さんが良くしてくださるんで」
「部長さんはどう。親切に教えてくださいますでしょ」
気になっていることを、言わずにはいられない。
M子の表情の変化を見落とすまいと、ぐっと前に乗りだした。
「はい。もちろんです」
ほほ笑んで、言った。
やっぱりそうか。
部長と関係があるのか。
あいつに抱かれているのか。
厚い胸の下で、この娘は歓喜の声をあげているのか。
妄想が、急激に、私の中でふくらんだ。
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マリモは、S子の膝からとびおりた。
ふきのはやしをかきわけて行く。
すぐに後戻りしてきた。
頭だけ出して、にっこり笑った。
頭に赤いリボンをつけている。
髪の毛があるのに、S子は今まで気づかなかった。
「まあ、かわいいわね」
思わず言った。
「こんな所で何をしてるの。寒くない。おなかの子供は、大丈夫かい」
突然夫のAが、不安げな表情で声をかけた。
スーツを着たままである。
両手でマリを抱いていた。
S子がふりむいた。
「まあ、いつからそこにいたんですか。知らなかったわ」
「今、帰って来たばかりなんだ。家の中にいないから、探したんだよ」
「ごめんなさい。あら、そうそう。すみませんけど、マリを家の中に入れてくださる」
「いいけど。どうして」
「どうしても」
「変だな。今までそんなこと、言ったことないのに。まあ、いいや」
マリは、Aの胸の中であばれた。
外にいたいのだ。
それに、匂うのだ。
変なのがいるぞ。
マリは、みゃあみゃあ、と鳴いた。
Aは戸を少し開けると、マリの身体をそっと投げ入れた。
「おかしいな。マリがこんなにあばれるなんて」
と、Aは独り言を言った。
AはS子のところに戻りながら、両手をパンパンと鳴らした。
右手を内ポケットに入れる。
ふところから、きれいな紙で包まれた小さな箱を出した。
赤いバラの絵が、所々に見える。
S子にさしだした。
「ほら、開けてごらん」
ふたりは、石垣にならんですわった。
包装紙をきれいに開けると、紫色の入れ物があらわれた。
ネックレスに違いない、とS子は思った。
ふたを開けた。
きらっと光った。
金色のネックレスの先に、赤いルビーが付いている。
「まあ、素敵。こういうのが欲しかったのよ」
「よかった。喜んでくれて」
S子は、右手にそれを通すと、上にあげた。
ルビーが陽を受けて、きらきら光った。
マリモが驚いて、頭をかくしてしまった。
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