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惑う その5

 露地から出たところで、ユリに逢った。
 「ああ、そこにいたんだ。なんだか道にまよちゃったよ」
 余計な心配をさせないように、剛は気づかう。
 「何よ、その首のきずは」
 「ああ、これ。かすり傷さ」
 剛は、手で傷をおおった。
 ひっかれたところから、血が出ている。
 「ひどいわ。手当しましょ」
 ユリは、ツヨシの手を引いた。
 「大したことないって」
 幸いなことに、薬局が近かった。
 薬剤師に見せ、つけ薬と絆創膏を買った。
 剛の顔を見て、にやりと笑った。
 「ほら、笑われちゃったじゃん」
 「いいの。笑いたい人には笑わせておけば」
 店の隅で、ユリは手当てをはじめた。
 「しゃがんで。薬がつけられないでしょ」
 「おお、しみる。もうちょっと、優しくやってくれよ」
 「ぜいたく言わないの。やってもらえるだけ、いいと思わなきゃ」
 ユリが真顔で言う。
 「はいはい、わかりました」
 「はい、は、一回でいいの」
 「はい」
 店を出た。
 「お昼、おそくなっちゃったわね」
 「うん。あの、おれさ」
 「なによ」
 「白い豚まんじゅう、ひとつ、つまみ食いしたんだ」
 「ええ、どこで」
 剛はふり返り、五十メートルくらい先を指さした。
 「ああ、あそこのは、おいしいって、評判の店だわ」
 剛は声をひそめた。
 「金を払わないで、ぱくりと食べたんだ」
 「怒られたでしょ、当然」
 「ほら、これがそうさ」
 「そんなことだ、と思ったわ」
 えへへっと、照れ笑いを浮かべる。
 「剛ね、私、言いたいこと言うけどいい」
 「うん。何でも言って」
 「剛ってさ、もてるでしょ」
 さすがに、イエスと言えない。
 後ろのポケットに両手を突っ込んで、口笛を吹きはじめた。
 「いいのよ。海の魚ほどに女の人がいるんだから」
 「海の、さかな」
 例えが面白く、剛は笑顔になった。
 「その代わり、広く浅くよ」
 「わけが分かんないよ、ユリは」
 「俺のことは、もういいんだ。さよならだね」
 「違うわ。お友達なら、いっぱい作ってもいいってことよ」
 「恋人はダメなんだ」
 「もちろんよ。あたしがいるんだから」
 「すごい自信だね」
 「なんなら、首輪をして、チェーンでつないでおきますか」
 「そうするわ。お望みなら。それじゃ、ワンちゃんに食べ物をあげましょうか」
 「ううう、わんっ」
 両手首を曲げて、ふざけた。
 道行く人がふり返った。
 
 
 
 

乱れる その3

 小さな明かりが、揺れながら近づいてくる。
 まずい。
 少年は、女の体からはなれた。
 人が近づいてくるのに、女はまだ気づかない。
 両足を折り曲げるようにしてすわりこみ、嗚咽をもらす。
 家とは反対方向に、少年は走りだした。
 走るのが楽しいのか、タロウはチェーンを力強く引っぱる。
 右手に、神社の森がある。
 ほかよりも闇が濃い。
 あそこで、ちょっと休んでいよう。
 おやしろの裏に一時間もいれば、事態が変わるだろう。
 少年はそう思った。
 タロウが邪魔だが、仕方がない。
 木の幹にしばっておこう。
 やしろの塀の上から、まわりを見た。
 小川の道は、大通りに行きつく。
 ライトを照らした車が頻繁に通行していた。
 赤いランプを回した車が、小道の曲がり角で停まった。
 ふたりの警官と先ほどの女が、ライトの中に浮かび上がった。
 あわててもよさそうなものだが、少年は平静だった。
 ここは、ぼくの隠れ家だ。
 幼稚園の頃から、何か都合が悪くなると、ここに来た。
 タロウがクンクン鳴きだした。
 無理もない。腹をすかせているのだ。
 ポケットには食べる物がない。
 早く家にもどらなくては、と思った
 少年は、祈るような想いで、曲がり角を見つめた。
 パトカーは、いなくなっていた。
 それにしても、馬鹿なことをしてしまった、と少年は悔やむ。
 昼間なら、絶対にしない。
 女の人の身体には興味があった。
 友達から、エッチな本を借りては、部屋で読んだ。
 裸の写真を見ては、想像をふくらませた。
 変なところに手をやっては、こすった。
 妙な快感がわいてきて、当惑した。
 母の顔がまともに見られなくなっていた。
 チェーンを木の幹からはずす。
 タロウが、ほてった顔をぺろぺろなめた。
 「静かに」
 少年はタロウに命じた。
 頭やあごをやさしくなでる。
 やしろの正面にでて、参道を鳥居方向に進む。
 「このあたりには、いないようですな」
 ふいに、男の声がした。
 少年は、その場にしゃがみこんだ。
 見つかれば、どうしようもない。
 緊張のあまり、意識が半ば遠のく。
 何も聞こえない。
 どのくらい時間がたったのだろう。
 バサバサという音がした。
 サギが木から飛び立ったのだ。
 境内は静かになっている。
 人の声もしない。
 少年は、正気にもどっていた。
 いくらか頭が痛む。
 ガツンと頭をなぐられたような気分だ。
 ここは神域である。
 少年は、しでかした事の重大さに気づいた。
 

染める その2

 このあたりのものとしては、立派な建物だ。 
 昔から霊験あらたかな神として知られ、毎年西国からも
たくさんの人々が訪れている。
 寄進された石灯籠が、ずらりと立ちならぶ。
 いろいろと試してはみたが、どうしても桜色が出せない。
こうなりゃ神様におすがりしても。
 吉べえの表情には、悲愴感さえ漂っていた。
 垂れさがった幾つもの長い布を手にして、ガランと鳴らす。
 「すみませんね。こんな夜中に詣でまして。桜染めの反物。
よろしくお願いします」
 神様に聞こえれば、と小さく声にだした。
 両手を合わせて、頭をかるくさげた。
 しばらく、その姿勢をくずさないでいた。
 誰かの手が肩におかれた気がして、ぎくりとした。
 こんな時刻に誰もいるはずはない。
 俺がびくびくしているからだ。気の迷いにちげえねえ。
 吉べえは、そう思った。
 白い紙に包んだ賽銭を箱に投げ入れた。
 いつもより多い。
 ふたにひっかかってしまった。
 右手でおしこむ。
 二礼、二拍。
 パンパンという音が響いた。
 ふかぶかと上体を折り曲げた。
 境内は、また静かになった。
 コトッ。
 やしろの奥で、物音がしたような気がして、顔をあげた。
 目をこらしたが、何もいない。
 神様も忙しいもんじゃ。不心得の者が夜更けに願掛けに来おって、
と腹を立てておられることじゃろう。
 白い歯を見せて、ふふっと笑った。
 さてと、帰るとするか。およねも心配していることだし。
 吉べえは、うつむいたままでふり返った。
 そばの桜にも、ご挨拶じゃ。
 なるべく、音を立てずに歩いた。
 年老いて、うろになった幹に両手をまわす。
 「およねを抱くようにやさしく、やさしくな」
 吉べえは、そうささやいた。
 右の耳たぶを幹におしあてた。
 さらさら、さらさら。
 水が流れる音がかすかにした。
 驚いて、幹からからだを放した。
 ポンポン、ポンポン。
 「なっ、なんだ」
 ポンッ。
 鼓の鋭い音が聞こえた。
 石段の方からだ。
 吉べえは、目をこらした。
 淡い朱色の光りが、まるで満月がのぼるようにあがって来る。
 人の形をしていた。
 四角い桜色の薄い布切れを、両手で持ち上げた黒髪の
豊かな女があらわれた。
 身に付けた着物も桜色だ。
 白い足袋をするようにして、境内で舞いはじめた。

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