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学校へ行きたくないな、と少年は思う。
どうしてかと問われても、こうです、とはっきり答えられない。
そんな自分に腹が立った。
心の中に泥のようなものが、こびりついているように思った。
「どうしたんだい、早く起きないと遅れちゃうからね。いいお天気だよ」
母の声に、背中を押される。
しぶしぶ仕度をはじめた。
「どうしたんだい。ご飯食べないのか」
「食べたくないんだ」
「しょうがないね」
玄関につづく廊下を、足早に歩いて行く。
上り框にすわって、靴をはく。
スリッパを鳴らして、母がかけつけた。
「ほら、できてるよ。これ、持って行きなさい」
ハンカチで包んだ弁当箱を渡された。
返事をするのも、おっくうだった。
学生帽の頭を軽くさげた。
「はきはきしないね。小学生の頃は、こんなじゃなかったのに」
少年は、先生に叱られた時のように、立ちつくしている。
母は、思い出し笑いをした。
「車に気をつけるんだよ。人と違って、車は人の気持ちを、
あれこれ考えてくれないんだから。うかうかしてると、ひかれるよ」
「わかってるよっ」
戸をガチャンと閉めた。
門口を出る。
二、三歩勢いをつけて、自転車に乗った。
力強くペダルをこぐ。
四つ角で、信号が赤になった。
こつこつと音がして、紺のスーツを着た女の人がわきに立った。
ちらっと横顔を見た。
きれいだなあ、と思う。
一度も見たことがない人だ。
この辺りは、家が密集している。
知らない人は、たくさんいた。
なんだか、見たことあるなあ。
少年は、女に妙な親しさを感じた。
見られているのに気づいて、女は横を向き、
「おはよう」と言った。
えくぼがかわいい、と思った。
「おはようございます」
思わず、少年の口から出た。
女は、ちょっとだけ目を閉じ、首をひねった。
少年は、胸が熱くなるのを感じていた。
それまでのいやな気分が吹きとんだように思った。
信号が青に変わった。
少年は、腕時計を見た。
急がなくちゃならないけど、まあいいや。
学校に向かって、ゆっくりと走りだした。
了
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2012年03月11日
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