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「つよし、出たわよ」
シャワーを浴び終えたM子が、カーテンの内側で声をかけた。
返事が聞こえない。
ごう、ごごっ、ぐわっ。
まるで猛獣が眠っているようだ。
剛が、すごいいびきをかいている。
よっぽど疲れているんだわ。
勉強とアルバイトの両立は、たいへんなんだ。
M子は、剛がいじらしくなった。
浴衣を羽織ると、桶にお湯をくんで、浴室をでた。
左手にタオルを持った。
ベッドの端で、眠っている剛を見つけた。
からだをくの字にして、横たわっている。
かわいそうなつよし。
不意に、のど元に熱いものがこみあげてきた。
カッターシャツのボタンをはずしはじめた。
剛の上体を起こし、ランニングシャツを首からとおす。
裸の胸や腹を、丹念にふいている。
「うっ、うん。あれれっ」
剛が目覚めた。
M子の胸の中にいる自分を見つけて、急に恥ずかしくなった。
「ありがとう」
ぺこりと頭をさげた。
勢いをつけて起き上がると、ベッドわきに立った。
「無理にでも、起こしてくれればいいのに」
「なんだか、かわいそうに思ったの」
「そうなんだ」
M子には、弟がひとりいる。
両親と三人で、故郷で暮らしている。
剛が好きなのか、それとも弟の面影を、剛に重ね合わせて
いるだけなのか、はっきりしなくなってきた。
でも、好意を寄せていることは、確かだ。
三十二歳と十八歳。
M子は、心の中でそうつぶやいた。
くすっと笑った。
「何がおかしいの」
剛も表情がやわらかくなった。
「いいえ、別に。気にしないで」
「なら、いいけど」
「ねえ、つよし。お風呂からあがったら、すぐにアパートまで送ってあげるわ」
M子が、ふっ切れたような顔で言った。
「ええっ、いいの」
「その方がいいんでしょ」
剛は、頭を深くさげた。
「これからも、いいお友達でいてくれますか」
真面目な顔で、M子が訊いた。
「はい、おねえさん」
あははっ、あははっと、ふたりで笑いだした。
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2012年03月28日
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正面にまわると、ホテルは横に長かった。
各部屋の入口に、幅の短いビニル製の垂れ幕がさがっている。
ホテルと言うよりモーテルだな、と剛は思う。
初めて見る景色に、たたずんだままだ。
ブルン。
ふいに、車のエンジン音が聞こえた。
驚いて、左をを見た。
みっつ目のガレージから、黒い乗用車が出て行くところだった。
「つよし、早く入って」
M子が腰を低くして、暖簾をわける。
剛も上体をかがめるようにして、後に続いた。
薄暗がりの空間を、小さな灯りのもとへと、手探りで歩いて行く。
ドアがあった。
M子がノブをまわして、開けた。
玄関がせまい。
天井の照明器具の灯りが、とぼしい。
あたりが、ようやく見える程度だ。
M子は使ったことがあるのか、てきぱきと動く。
上り口に腰をおろして、靴をぬぎ始めた。
「あたしのマネをしてね」
「うん」
剛は素直にしたがう。
わきの柱に、白いビニル袋がひっかかっている。
M子は、それを一枚手にすると、靴を中にいれた。
剛も、M子にならって、部屋にあがった。
奥にもドアがある。
左側の壁の一部が明るかった。
変わった受付だった。
縦十センチ、横二十センチくらいの四角く切りとられた空間だ。
そこを手を出し入れすることで、金と鍵の受け渡しをすませる。
部屋の使い方を指示する女の声が響いた。
部屋に入るなり、剛は、あっと声をあげた。
部屋の真ん中に大きなベッドがある。
M子はそこに腰をおろすと、
「あたし、先にシャワーを浴びていいかしら」
剛の顔を見上げた。
「えっ。ええ、もちろんです」
突っ立ったままで答える。
M子は、かちゃかちゃと音を立てて、アコーデオン・カ―テンを開けた。
「すぐに出るからね」
すき間から頭だけ出して、にっこり笑った。
剛は、どさりとベッドの上にあおむけになった。
ベッドが揺れる。
今頃、ユリはぐっすり眠っているだろうな、と思った。
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