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薄暗くて、よく見えない。
街灯の灯りをさがしたが、付近には見当たらない。
剛はじっと目をこらした。
白い紙なのに、真ん中あたりが赤黒い。
シミのような物がついている。
その中に、数字がいくつもならんでいる。
090・・・・・・・・。
最後まで読みとれない。
ケータイ番号なんだ。
M子の気持ちがわかって、嬉しかった。
両手で、ぴんと引きのばすと、紙が縦に五センチくらい裂けた。
えっ、なんで。
思わず口走った。
ポケットのなかを右手でさぐり、指を鼻のさきにもってきた。
指がしめっぽい。
かすかに生臭い匂いがした。
ひょっとして、血だったりして。
でも、いったいどこで、どんなふうに。
まったく思い当たらない。
この切れ方からすると、かなり鋭い刃だ。
たとえば、カッターナイフのような物。
からだが、ぶるっと震えた。
五十メートルくらい先に、コンビニの灯りが見える。
剛は足早になった。
ドンッ。
不意に、背中に何かがぶつかった。
それが自転車のタイヤだとわかるまでに、時間がかかった。
剛はよろけて、歩道にころがった。
誰かが胸ぐらをつかむ。
フルフェイスのメットをかぶっている。
夏なのに、黒い皮ジャンを着ていた。
ひんやりした細長い物が、頬に当たった。
「おっおい、金」
くぐもった男の声がした。
大切に残しておいた千円札をつまみだした。
「なんだ、これっぽっちか」
手からもぎとるようにすると、
「もっとあるだろ。財布はどこだ」
と攻めたてる。
「ない。持ち歩かないんだ」
ナイフで頬をぴたぴた叩く。
「ほんとうか」
「ほっ、ほんとう」
正体不明の男だ。
あらがうわけには、いかなかった。
何をしでかすか、わからないからだ。
ざああっと、身近で音がして、辺りが明るくなった。
男が剛から離れた。
車が、わきで停まった。
剛は、大きなため息をついた。
男は、倒れた自転車のハンドルを両手でつかむと、
ゆっくりと歩き出した。
車のドアがバタンと鳴った。
「おい、待て」
若い男が声をかける。
その声に驚いたのか、突然、自転車に乗った。
暗がりに走りこんで行く。
「大丈夫ですか。あぶなかったですね」
もう一人の学生らしい男が、近づいて来た。
「どうもありがとう。助かった」
剛が礼を言った。
「こんなに遅く、どちらまで行かれるんですか」
「お茶ノ水駅まで」
「ぼくらもそっちへ行きます。良かったら、送って行きますから」
剛は、乗用車の後部座席に乗りこんだ。
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2012年03月30日
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先ほどから、剛は運賃メーターばかり見つめている。
深夜料金が気になる。
かちゃ、かちゃと音がするたびに、胸がどきっとした。
運賃表示が四千円になった。
「ここで降ろしてください」
運転手に、きっぱりと告げた。
「あれっ、こんな所でいいんですか。お茶ノ水は、まだ先ですよ」
中年の男は、心配そうな顔を向けた。
アパートは、まだ遠い。
実をいえば、剛は空腹なのだ。
仕事を終えてから、食べ物を口にしていない。
コンビニに立ちよって、おにぎりでも食べたかった。
「ちょっと歩きたいんです」
「そうですか、わかりました。気をつけて下さいよ。
街にはいろんなのがいますから」
と、後部座席のドアを開けた。
剛をひと眼見て、おのぼりさんだと分かったのだ。
近頃は、田舎から東京に出稼ぎに来る人が多い。
週末には、帰宅する。
この運転手も、その一人らしい。
お金を受け取ると、「くれぐれも用心して」と、念を押した。
余計なお世話だ、と剛はちょっとカチンと来たが、
「ありがとうございます」
と、応じた。
去って行くタクシーのテールランプを、じっと見つめている。
道はまっすぐに続いていた。
人の良さそうな運転手の車は、すぐにほかのタクシーにまぎれて、
見えなくなってしまった。
両側には、ビルが建ちならんでいる。
黒っぽく、汚れた空気がよどんでいた。
歩道を歩いている人はいない。
何か黒い物が、通りを横ぎって行く。
猫が一匹、あとにつづいた。
タクシーが急ブレーキをかける。
あっ、あぶない。引かれるんじゃないぞ。
剛は、猫に声援を送りたい気持ちになった。
あれ、おれ、ちょっとおかしいぞ。
ホームシックにかかったのかな。
剛は、両のポケットに手を突っこんで、苦笑いを浮かべた。
ポケットの中の千円札を、ぎゅっと握りしめた。
うつむき加減で歩いて行く。
すぐわきを何かが通りすぎて、風が巻きおこった。
黒い上着をきた男が、自転車に乗って走り去って行く。
あぶねえ、野郎だな。
怒鳴りだしたい気分になった。
あたりは、すぐに静けさをとりもどした。
剛の靴音だけが響く。
ふいに、M子が店で渡したメモのことを思い出した。
何が書いてあるか、おおよその見当はつく。
今更読んでも仕方がない、と思うが・・・・・・。
後ろのポケットに手をやり、汗のにじんだ白い紙を開いてみた。
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