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見える。 その12

 一夫の顔に苦悩の色がありありと浮かんだ。
 叫びだしたくなるのをぐっとこらえた。
 胸の内で怒りの感情が渦巻いて、両手でこぶしをつくった。
 怒りか、・・・・・・。
 このこぶしで、一体誰をなぐろうというのか。
 早苗か、それともセラヴィ。
 いやいや、とんでもない、と一夫は思いなおす。
 自分の頭をゴツンゴツンとたたきはじめた。
 突然防波堤に向かって走りだした。
 「おお、かずお。やめて」
 セラヴィは泣きながら、あとを追う。
 砂に足をとられて、一夫は転んだがすぐには起きあがらない。
 まるで駄々っ子のようにふるまう。
 しばらく横たわったままでいたが、やっと上体を起こした。
 口の中がじゃりじゃりしているのか、しきりに手で口もとをぬぐう。
 セラヴィがハンカチを差しだすと、
 「ほっといてくれ」と叫び、ハンカチを持ったセラヴィの手をふりはらった。
 セラヴィは、突然、バッグを放りだし浜辺に向かって歩きだした。
 一夫が呼びかけても、立ちどまらない。
 靴を脱ぐと海に向かって投げた。
 打ち寄せる波が、セラヴィの足もとを濡らしはじめる。
 満ち潮がひたひたと押し寄せてきた。
 セラヴィの体が水の中に沈んで行く。
 
 「セラヴィ、セエラアヴィ」
 一夫はようやく事態の深刻さに気づき、立ち上がって追いかけはじめた。
 ほんの一メートルまで近づいたが、急に深くなっていたのだろう。
 セラヴィがすとんと沈んでしまった。
 髪の毛だけが波間に漂っている。
 一夫は飛びこむのをためらっている。泳げないのだ。
 顔だけ海につけてセラヴィの髪の毛を両手でつかむと、手元にたぐりよせた。
 どこで見ていたのだろうか、大声をあげながら、若い男たちがかけつけてきた。
 砂浜にセラヴィの体を横たえ、一夫が見よう見まねの人工呼吸をほどこす。
 幸いなことに二、三度胸を押しただけで、セラヴィは飲みこんでいた水をプッと吐いた。
 「かずお、ありがとう」
 ずぶぬれの顔を一夫に向けた。
 青白くなった唇がふるえている。
 「良かったですね」
 若者たちが口々にいった。
 頭を深くさげて、一夫は彼らに礼をいう。
 「年甲斐もなくとりみだして、すまない」
 「うう、うん」
 「体をあたためなくてはな」
 セラヴィを背負って、一夫は防波堤の階段をのぼって行く。
 ハアハアと息が切れる。
 「かずお、大丈夫」
 「大丈夫だ。興奮しちまって、バカな野郎だ」
 「わたし、水の中で苦しくて死にそうだったわ」
 「そうか、良かったな。それがわかるんじゃ大したものだ」
 「神様のおかげね。これからわたしが、あなた、助ける」
 駐車場に着いた。
 車のトランクを開け、大きめのタオルを彼女に手渡すと、一夫は後部座席のドアを開けた。
 「俺は前を見ているからな」と、セラヴィを気づかう。
 運転席にすわると、一夫はエンジンをかけた。
 身づくろいをすますと、セラヴィはバッグから眼鏡をとりだし、
 「かずお、ちょっと待って。これかけてみて」
 「なんだい、この眼鏡」
 「いいから、かけて」
 フロントグラスの向こうに、一瞬見知らぬ街が見えた。
 「あれ、なんか変だ」
 「魔法の眼鏡よ」
 「どこだい、これは」
 「私の故郷よ、オルリー。今度一緒に行きましょう」
 一夫の肩に手をおいて、セラヴィはやさしく言った。
 車が走りだした。
 了
 
 
 
 
 
 
 

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