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あまり胃腸の動きが芳しくないので、腹半分にして席を立った。
「はい、ごちそうさま」
「あら、今日はいっぱい残ってるわね」
食事係の若い職員がほほ笑みながらいう。
「ちょっとね、運動不足のせいでお腹がすかないのよ」
M子はわき腹をポンとはたいて、
「ほら、歯だってこのとおり」
と、大きく口を開けてみせた。
「あら、いやだ」
専門学校をこの春卒業して、ここに就職した子だ。
笑うと娘に似る。この子、ひょっとしたら自分の娘なんじゃないか、
と本気で思ってしまう。
むろん、そんなはずはないのだが、そう思えるだけでM子は幸せだった。
「上半身だけでも、こうやったら」
A子と名のる娘は、自分の両腕を大きくふりまわした。
車椅子をひとりで動かして、部屋にもどる。
タイヤがへこみ加減で、その分、余計に力がいる。
おかげで両肩に筋肉がついた。
ふいに車が軽くなり、ふり向くとA子が笑った。
イヴェントは十時からだ。まだ間がある。
夕べあまり眠れなかったので、一休みすることにした。
ふとんをかけると体が暖まったのか、M子はすぐに眠ることができた。
娘たちのきゃあきゃあ騒ぐ声が、遠くで聞こえる・・・・・・。
あれ、おかしいな、一体ここはどこだろう。
M子はいぶかしんだ。
誰の声だろう。女のわりに低い。聞いたことがある。
偉そうに、いばりくさっているわ。
望遠レンズで見るように、M子の目が近寄って行く。
ガチャン、ガチャンと機械が規則正しく動いている。
白い繊維が一本の糸に丸められていく。
紡績工場の中のようだ。
休憩室の中では、五、六人の若い女たちがおしゃべりを楽しんでいる。
視線を注意深く走らせる。
ひとりひとりの顔が見えるまでになった。
紺の制服に見覚えがある。
昔、昔のファッションだな、とおかしくなった。
真ん中にいる女性に目がとまって、M子はあっと思った。
若き日のM子本人がいたのだ。
これは夢なんだ、とはっきりわかっているのだが、妙に現実味がある。
今の施設での生活より、ずっと生き生きとして楽しそうだ。
いられるだけ長く、この世界にいようと思った。
椅子にすわって、煎餅をかじってはお茶を飲んでいる。
あの男はこうだのああだの、と一緒に働いている異性の品定めに興じている。
「ねえ、今度入ったあの人、どう思う」
「だれ、だれ」
「ほら、係長のBさんよ」
「素敵なんじゃないの。背が高くて、無口でさ」
「あの人、まだ独り身なのかしら」
「どうだかね。三十に届くかどうかだろうけど」
「あんた、聞いてみれば」
「あたしが、そうね。それもいいわね」
「ほんとに訊く気なの」
「えへへっ」
「早いもの勝ちってこともあるしね」
どっと笑いが起こった。
「うるさいわね、もう時間よ。さあ、立ち上がって」
休憩室の隅にぽつんとひとりでいた、年輩の女がにらみをきかした。
女たちの班のリーダーである。
しょうがないわといった表情で、ひとりひとり立ち上がって工場に入って行く。
繊維くずがタンポポの綿毛みたいにふわふわと浮かんでいる。
機械は止まることはないから、交代で休憩を取っているのだ。
さっき話題にのぼった係長のわきをM子がとおる。
苦み走った顔がM子の方を向いた。
「あのお・・・・・・」
彼が口を訊いた。
M子の胸が、きゅんとしめつけられた。
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2012年05月15日
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