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日は西に傾き、黄昏がせまっている。
雁がくの字をつくり、軽井沢の空へ飛んで行く。
川の水が冷たかったのか、美樹がガタガタ震えだした。
アルプスの雪が解けて、山野をくだってきたのだ。
くちびるが色を失っている。
着替えはなかった。
竜夫が鈴木の目をのぞきこんだ。
「あっしの家、もうすぐですんで。五分とかかりません」
鈴木がすばやく応じた。
「そうですか。なんだか悪いですね」
美樹を助けてもらってから、竜夫は鈴木を見直していた。
言葉づかいにも、それが現われている。
美樹はずぶぬれになった上着を脱ぎ、土手の上をうかがうと、
すばやく真っ赤なブラをはずした。
ひとつ残っていたゴムまりが、はずみで川面に転げ落ちた。
ぷかぷかと流れていく。
「ちえっ、あんなの、また買えばいいや」
美樹のつぶやきを耳にした竜夫が、
「ばっきゃろう。もういい加減にしろっ」
と言って、頭をこづいた。
「あにさん、暴力はいけませんや」
鈴木が仁王立ちになって、美樹をかばった。
真剣な表情で、竜夫をにらんでいる。
「命がやっと助かったんですぜ」
きっぱりと言った。
「ああ、悪かったよ」
竜夫は、鈴木の熱意に負けたというように軽く頭をさげ、
「さあ、これでふけ」
と、手に持った一枚の白いタオルをわたした。
「これじゃ、風邪をひいてしまう。急ぎましょう」
鈴木は真剣な表情で竜夫に言うと、
「さあ」と言って、美樹の前で腰をかがめた。
いったい、女っぽい男の美樹のどこが良くって、
これほどの情けをかけるのか。
竜夫は、鈴木の真意がわからないでいる。
そんじょそこらの軽々しい男女の関係より、
余程しっかりしているな、と竜夫は思った。
「しっかりつかっまっているんですぜ」
重くてずり落ちそうになる美樹の体を、
時折、「よいしょ」と声をかけては、上にあげる。
美樹もまんざらではないらしい。
うっとりした目をしている。
両手を鈴木の首にまわして、「うんうん」と答えた。
ようやく土手の傾斜をのぼりおえた。
竜夫がスポーツカーの後部座席のドアを開けて、待っていた。
美樹を座席に横たえると、鈴木は、ちょっとすみません、
と言って、竜夫から携帯を借りた。
しばらくこちらの方言らしい言葉で、誰かと話していたが、
「さあ、急ぎましょう。あたたかいものでも食べましょうや」
と、にっこり笑って、携帯を竜夫に返した。
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2012年05月31日
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