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「まあまあ、ねえさん。もう話はいいから。オサばかりとしゃべってねえで、こっちさ来ておらに酌をしてくれねえか。さぞうまい酒になるじゃろうから」
そうだ、そうだ。おらにも。おらにも。おれにも。
「大した花代はだせねえが」
もう一度オサが念をおす。
「お金はいいんですよ」
「ほんとにいいのけ」
「ええ」
「わかった」
「ねえさん、上座の者からついでやっとくれ」
「はい、承知しました」
男たちの間を、一匹の女狐がせわしなく走りまわっている。
フサフサの長い尾をひとりひとりにこすりつける。
その度に男はメロメロになる。
「さあ、どうぞ」
「おお、すまねえな」
「もう一杯いかが」
「おらもうだめだ。のめねえ」
「まあ、だめだなんて。まだまだいけますよ」
ひとりふたりと畳の上に、寝転がる者が出てきた。
もう少しだわ。あとふたり。
夢中だった。着物の裾から出ている尾が、透明色から淡い茶に変わってきている。
男の目にもわかるほどになった。
化かしの効力が薄れてきている。ゲイコは気付かない。
「ねえさん」
下座の男が不意に声をかけた。
ギクリとした。どこかで聞いた声である。
姿を見る。又造だ。
間違いない。タバイでよく見かける男だ。
「はあい、なんですの」
「何か裾でひらひらしてるぜ。気をつけな」
又造は分かっていた。
「いいから、もう寝床に帰りな。大切な宝物が待ってるだろ」
又造は、自分の料理をビニールの袋に入れた。
隣で三人の男がいびきをかいている。
彼らの残り物も素早く放り込んだ。
「これで充分だろ」
思いがけない出来ごとに、ゲイコは立ちすくんだままである。
「マタゾウさん。オン二キルワ」
たどたどしい言い方になってきた。
狐の姿が、ふわふわっとゲイコの背中に浮かんだり消えたりする。
「早くしろ。見つかると、俺だってお前を助けてやれなくなる」
ゲイコは四人分を両手で持つと、戸口に急いだ。
「なっななっなあんだ。キツネだあ」
男がひとり目覚めた。
ええっ、そりゃそりゃ大変だ。
皆が起きる。
ガラッと戸が開いた。
キツネは振り返った。
コーンと鳴いた。
袋をくわえた。
又造を見る。目を二度パチパチとしばたいた。
体を山に向ける。
走りだした。
「追え。逃がすな」
オサが叫ぶ。
「まあまあ皆の衆。いたわってやろうじゃないか。広い心を持とう。どんな思いで女狐がここに来たと思いなさる。山じゃなあんもとれん。仕方なくこうしてわしらに頼ってきたんじゃ。そう思えば腹も立たん。子が何匹もいる。腹をすかしとる。人間とおんなじじゃ。情けをかけてやってくれ」
又造は、両手で彼らを押しとどめる。
涙がこぼれてきた。
男たちは真剣に話を聞いている。めったに話さない男がこんなに頼んでいる。
「わかったぞ。又造」
「お前の言うとおりだ」
「にがしてやれ」
オサが命じた。又造は畳にすわりこんだ。
タバイの山深い巣の中は大騒ぎである。
「母ちゃんありがとう。たいへんだったでしょ」
「無事で帰れて良かったわ」
「マタゾウが助けてくれたのよ。みんな忘れるんじゃないよ」
「はあい。わかりました」
子キツネたちの目がとろんとしてきた。
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